久米裕選定 日本の百名馬

トキノミノル

父:セフト 母:第弐タイランツクヰーン 母の父:Soldennis
1948年生/牡/IK評価:3A級
主な勝ち鞍:朝日杯3歳ステークス、皐月賞、ダービー

▸ 分析表

《競走成績》
3~4歳(旧表記)時に10戦して10勝。主な勝ち鞍は、朝日杯3歳S(1,100m)、皐月賞(2,000m)、ダービー(2,400m)。

父セフトは、英国で走り、3~5歳時に16戦7勝(主にマイル以下)。2,000ギニー2着、英国ダービーは4着。アガ・カーン氏の生産所有馬で、三冠馬Bahramのペースメーカーを務めていた。昭和12年に日本に輸入され、北海道日高で種牡馬として供用。

主な産駒には、ハヤタケ(菊花賞・3,000m)、ミスセフト(桜花賞・1,600m)、シーマー(天皇賞・3,200m)、ヤシマヒメ(オークス・2,400m)、キングナイト(オークス)、コマミノル(オークス)、タカクラヤマ(天皇賞)、トサミツル(桜花賞)、スウヰスー(桜花賞、オークス)、ボストニアン(皐月賞・2,000m、ダービー・2,400m)など、多数のクラシック馬を輩出した。昭和22年から26年まで連続5年、リーディングサイアーとなる。

またブルードメアサイアーとしても、テンポイントの母桜花賞馬ワカクモを出し、またシンザンの母ハヤノボリの父系で、スピードの伝え手としても功績を残している。

母第弐タイランツクヰーンは持ち込み馬で、出走歴はない。主な産駒には、ヤシマクヰン(4勝)、ダーリング(6勝)などがいる。ちなみにダーリングは、トキノミノルの全姉で、菊花賞、天皇賞、有馬記念を制したグリーングラスの曾祖母として、グリーングラスにスピードとスタミナを供給する役割を果たしていた。

母の父Soldennisは、アイルランドとイギリスで走り、51戦24勝。アイルランド2,000ギニーを制している。その産駒には、アイルランド1,000ギニー、同オークス、セントレジャー馬がおり、スピード・スタミナのどちらの要素も兼ね備えた血を含んでいたことが推測できる。

Soldennisの父Tredennisは未出走だが、種牡馬として、Bachelor’s Double(アイルランドダービー馬)を出し、現代の馬に対して、主にかくれたスタミナの供給源としての役割を果たしている。

そうした父母の間に生まれたのがトキノミノルである。

分析表でわかるとおり、トキノミノルの5代以内に発生しているクロスは、まずThe Tetrarchの3×4がある。その中では、父系のRoi HerodeとLe Samaritainはクロスしていないが、その代わり、母系でBona Vista(2,000ギニー馬、参考までにThe Tetrarchに限らず、Bona VistaのBend Or系は、スピード要素を持つ系統として位置づけされる。これは目安として記しておきたい。)が5代目から系列ぐるみを形成して強い影響力を示し、The Tetrarchのスピードをきっちりと受け継いでいる。これがあの他馬を寄せつけない華麗なるスピードの源となっている。また、これとほぼ同等の影響力を示すのがSt.Simon、Sainfoin(英ダービー馬)で、ついでHermit(英ダービー馬)も系列ぐるみを形成している。

これらの血と、The Tetrarchとの連動を検証すると、まずSt.SimonはGalopinで結合、SainfoinはStockwellで、HermitはNewminsterで、いずれもThe Tetrarch内に含まれる血と直結していることがわかる。その他、6代目にあって影響度数字に換算されるクロスたちも、HamptonがNewminsterで、Bend OrとVistaはBona Vistaの父母として、GalliardはGalopinでといった具合に、やはりみなThe Tetrarchと直結している。つまり、The Tetrarchの持つ本来のスピードに加えて、St.Simon、Sainfoin、Hermitといったゆるぎないスタミナの核が参加したことで、呼び水としてのThe Tetrarchは、スピード・スタミナ兼備のThe Tetrarchに能力変換を遂げているのである。以上を、8項目で評価すると以下のようになる。

 ①=◎、②=○、③=◎、④=◎、⑤=○、⑥=○、⑦=◎、⑧=◎
 総合評価=3A級 距離適性=8~12F

この父にしてこの母あり。まさに父母の相性としては、これ以上望むべくもない内容を示していたことがわかる。

ただし、もしも12Fの距離において世界の一流馬と比較した場合、あるいはスタミナ要求度の高い馬場でのレースを想定した場合には、やや質の低いBMSのSoldennisの影響が必要以上に強くなってしまったこと(影響度数字⑮)がマイナス。そのために、12Fの距離を克服するスタミナ面でいささか劣る、というのがトキノミノルの評価になる。とはいっても、10F程度の距離であれば、一流馬のそれであることに変わりはなく、まさに「名馬の血統構成とは」という問いに答えられるだけの内容を示している。また、3×4のクロスをつくった場合の有効性を示す事例としても、その形態を確認していただきたい。

ただし、そのときの注意事項としては、呼び水の役割を果たす血もかなり高度な内容の血統構成であることが望ましく、トキノミノルの場合でいえば、The Tetrarchの血を検証することが必要になる。

そこでそのThe Tetrarch。この馬は、前肢の故障のため、4歳時には一度もレースに出走することができなかったが、3歳戦では7戦して7勝している。そのいずれのレースも、まさに他馬を寄せつけない楽勝で、「恐るべきスピードの持ち主」と言われた芦毛馬である。父系としては現代に残ってはいないが、NasrullahやMahmoudの中に含まれ、そのスピードの裏づけとして、脈々と現代まで受け継がれていることは、すでにご承知の通り。ことに硬い芝の日本の競馬では、絶大な威力を発揮し、古くはPrincely Gift、Never Say Die、Grey Sovereign、そして現代のサンデーサイレンスなどの種牡馬としての成功も、この血の存在なくしては語ることはできない。

The Tetrarchの血統構成は、近親度が強く、全体のバランスのとしては、必ずしもベストの状態ではない。しかし、Doncaster(英ダービー馬)、Speculum、Macaroni(英ダービー馬)といった父母内のキーホースを押さえ、すぐれたスピードを持つNewminster、そして名牝Pocahontasのスピード・スタミナを加え、これらが強固に結合を果たしていることは、十分に読み取ることができる。結合が強固であることは、開花の早さや反応のよさにつながり、The Tetrarchの「恐るべきスピード」の要因を血統に求めるならば、このことは見逃すことはできない。すなわち、結合の強固さとは、スピード馬誕生の秘密を解く鍵の1つとして、今後とも留意するに足るポイントであると思われる。

▸ The Tetrach分析表

The Tetrarch自身の中に発生しているクロス馬と、トキノミノル内で呼び水の役割を果たしているThe Tetrarchの中のクロス馬を検証してみれば、それらがほぼ一致していることがわかるはずである。したがって、このことからも、トキノミノル内に発生したThe Tetrarchの3×4のクロスの有効性が確認され、配合の「妙味」や「極意」を示す事例として、とらえておきたい。

最後に、五十嵐先生がトキノミノルの血統を解説した文章の冒頭の言葉を紹介しておきたい。

《私は、名馬とは「花も実もある強い馬」だと思っている。花とは、華麗な、世界に誇るべき競走成績であり、実とは、その血を受け継いだすばらしい産駒である。そして名馬の前には、「日本の」とか「英国の」とか、「フランスの」とかいう定冠詞のつかない馬だと思っている。その定冠詞をつけなければ、その馬の存在がぐらつくような馬だったら、「まちがいなく名馬」とはほど遠い馬だ。
 さて、「日本の名馬」といわれている馬の中には、そんな馬、あるいはそれに近い馬がいるだろうか。もしそれらしい馬がいるとしたら、世界的な高素質の血統構成を持った「幻の名馬トキノミノル」以外にはないであろう。》 

まさに、トキノミノルには、最大級の賛辞を贈っている。トキノミノルは、10戦10勝、無敗でダービーを制し、それから13日後の昭和26年6月20日夜、破傷風のために短い生涯を終えた。もしもこの馬が生き残り、種牡馬となった場合を想定すると、The TetrarchやPhalaris、Sundridgeといったスピードを含み、当時としてはたいへん貴重な存在になっていたはずである。そして、これらの血に着目して、それを有効に活用した配合を行えば、相当のスピードを秘めた産駒ができたはずである。

ただし、当時の日本の繁殖牝馬には、トウルヌソルやプリメロに代表されるように、Gainsborough系、Blandford系が主流となっていたために、ランダムな配合では、トキノミノルのよさを引き出すことや、優駿生産の可能性は、現実には低かったかもしれない。しかし、全姉のダーリングの母系からグリーングラスが出ており、またトキノミノルの父セフトのスピードを生かした配合馬としてシンザンやテンポイントが誕生しているように、時代を経ても、どこかでその素質を受け継ぐ名馬が出現していた可能性はあったに違いない。

「幻の名馬」と呼ばれた由来は、作家の吉屋信子さんが、トキノミノルのために、新聞に談話を寄せた記事から生まれたそうだが、まさしくこの馬トキノミノルのために用意された言葉のように思える。

 

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