久米裕選定 日本の百名馬

タマモクロス

父:シービークロス 母:グリーンシャトー 母の父:シャトーゲイ
1980年生/牡/IK評価:3A級
主な勝ち鞍:G1天皇賞・春、G1天皇賞・秋、G1宝塚記念

▸ 分析表

世界の競馬界では、1970年代が「チャンピオンの時代」といわれ、Secretariat、Affirmed、Seattle Slew、Nijinsky、Mill Reefなど、数々の名馬が誕生し、競馬の黄金期を築き上げていた。それに対し、日本では、1980年代後半から1990年頃までが、個性派と称される馬たちが出現し、競馬を盛り上げ、内容的にも血統のレベルアップがなされた時期といえるだろう。そして、その馬たちの多くが、国産馬であったという事実も、近年にない意義を見いだすことができる。 

中でも、以前紹介したオグリキャップ、そして今回取り上げるタマモクロスの両馬は、まぎれもなく優秀な血統構成の持ち主で、「配合とは?」という問いに答えられるだけの妙味を持っていた。そして、両者による天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念における三度の死闘は、「芦毛伝説」なる言葉とともに、競馬ファンを大いに魅了した。

タマモクロスは、3歳春のG1戦線には間に合わず、3歳の秋から頭角を現しはじめ、最初に重賞を制覇したのが暮れの鳴尾記念。年が明け、4歳になると、金杯を皮切りに、阪神大賞典、天皇賞・春、宝塚記念と連勝街道を走り抜け、秋の天皇賞でも、1歳下でやはり快進撃を続けてきたオグリキャップを寄せつけることなく、天皇賞・春秋連覇という偉業を成し遂げたのである。

このタマモクロスが成長してゆく過程、レースでの走りぶりは、まさに血統構成から推測できる能力が、次第に開花を遂げてゆく様子そのもののように思われた。また、天皇賞・秋で見せた走りは、それまでの追い込み脚質から、先行抜け出しへと転換をはかり、自分から勝ちに行くレースで、「強い馬とは?」という問いに対する答えを示していた。

《競走成績》
3~4歳時に18戦9勝。主な勝ち鞍は、天皇賞・春(G1・芝3,200m)、天皇賞・秋(G1・芝2,000m)、宝塚記念(G1・芝2,200m)、阪神大賞典(G2・芝3,000m)、鳴尾記念(G2・芝2,500m)。2着は、ジャパンカップ(G1・芝2,400m)、有馬記念(G1・芝2,500m)。

《種牡馬成績》
1989年から供用。代表産駒には、カネツクロス(アメリカJCC=G2・芝2,200m、鳴尾記念)、シロキタクロス(神戸新聞杯=G2・芝2,000m)、テイエムトッキュー(カブトヤマ記念=G3・芝2000m)、マイネピクシー(阪神3歳牝馬S=G1・芝1,600m2着)タマモハイウェイ(京都大賞典=G2・芝2,400m2着)、インターユニーク(大阪杯=G2・芝2,000m2着)、ドラゴンゼアー(皐月賞=G2・芝2,000m4着)、クロスアンドクロス(ラジオたんぱ杯=G3・芝1,800m4着)など。

父シービークロスは、27戦6勝の戦績で、いまでいうところのG1勝ちはないが、毎日王冠、目黒記念を制している。「白い稲妻」と呼ばれ、鋭い差し脚を武器に、中長距離で活躍した。また、この馬の存在は、競馬ファンに、サラブレッドの血統に目を向けさせる一つのきっかけともなった。すなわち、父がGrey SovereignやRelicといったスピード系の血を主体にした血統構成馬であり、BMSもMilesianの血を受け継ぐパーソロンということから、父母の実績を論拠とする一般的な血統論では、この馬が中長距離で実績を残したことに、説明がつかなかったからである。その意味では、従来の血統論者を大いに悩ませた馬としても、忘れられない存在である。

私自身も、当時は、まだI理論を知らず、一般的な競馬ファンにすぎなかったから、いつも納得のいかない走りをし、馬券でも痛い思いをさせらたのが、このシービークロスであった。後に、I理論を学んで、ある程度それを使えるようになったとき、シービークロスについても、その血の仕組みを検証して、自分なりに納得するとこができた。同馬の分析表をよく見ていただきたい。

シービークロスの母ズイショウは、Nasrullah、Nearcoを含まず、Blandford系の強い馬である。その結果、父フォルティノとの間では、当然のことながら、Nasrullahはクロスせず、最初に現れるクロス馬はPharosの5×5。この血も、途中Phalarisが断絶しているために、影響は弱まっている。

それに代わって、Blandfordが6×6・6・6・5、Teddyも6×7の系列ぐるみとなって、スタミナの核を形成している。スピードはMumtaz Mahalの5×7と、それに続くThe TetrarchとSundridge。これらは、Bona VistaやSainfoin(=Sierra)でPharos系と結合を果たして、スピードを供給している。これが、あの鋭い差し脚を演出した血統の秘密だったのである。

ただし、PharosもBlandfordも、全体をリードする主導勢力としては、やや弱く、ここが上級馬たちとの差になったものと考えられる。とはいうものの、一般的にスピード系と称されるフォルティノとパーソロンの組み合わせでも、スタミナ系の血がしっかりと根付いていることは十分に読み取れるはず。

これを8項目に照らして評価すると以下の通り。
 ①=□、②=○、③=○、④=□、⑤=○、⑥=○、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

話をもどして、タマモクロスの母グリーンシャトーの戦績は、3つの特別勝ちを含む6勝。自身の配合は、シャトーゲイ内の米系に不備をかかえていたために、上位では力不足を露呈したものと思われる。

しかし、Hyperionの4×4の系列ぐるみを主導に、Son-in-Law、Teddyなど、Bay Ronald系でまとまるスタミナによさを持つ個性は備えていた。繁殖牝馬としては、タマモクロスを出すまでは、これといった活躍馬は出していないが、その理由としては、当時の日本では、米系の血を生かしにくかったことと、日本の種牡馬の中で伸展していたBlandford系との対応がうまくいかなかったことなどが推測できる。

そうした父母の間から誕生したタマモクロス。当然のことながら、当初は、血統的背景を含めて、まったく注目されない存在であった。

まず、タマモクロスの分析表に目を移していただきたい。父シービークロスは、その母ズイショウがNasrullah、Nearcoを含んでいなかったことが功を奏し、BlandfordとPharosでまとめられていたことは前述した通り。そして、タマモクロスの母グリーンシャトーも、Nasrullah、Nearcoを含んでいないことがわかる。ここがまず第一のポイントになる。その結果として、シービークロス内で生きていなかった、虎の子のHyperionが、母内のそれと呼応して、Hyperionの6×5・5の系列ぐるみのクロスが主導となる。ついでPharosで、主導とはChaucer-St.Simon、Cylleneで結合し、その位置も絶妙である。

また、Son-in-Law、Teddyも系列ぐるみを形成し、主導のHyperionとはBay Ronaldで結合し、スタミナを強化している。そして何よりの見どころは、父母ともに欠けていた米系のスピードが、Relicとシャトーゲイが呼応することで、みごとに修正されたことであろう。秋の天皇賞で見せた先行力は、このスピードが開花したからに他ならない。ちなみに、米系のMan o’WarはSainfoinを通じてPharosと結合。Black Toney はGalopinによって、主導と直結している。

その他にも、スピードのThe TetrarchがBona Vistaで、スタミナのHurry OnがSainfoinを通じてPharosと結合を果たし、主導との連動態勢を整えている。ジャストフィットとは、まさにこのような状態のことを指す。「この父にしてこの母あり」ともいうべき形態で、これ以上は望むべくもない血統構成といっても過言ではないだろう。同じHyperion主導でも、現役のジャングルポケットとは、その内容、レベルに大きな差があることは、分析表から十分に読み取れるはずである。 

タマモクロスの8項目評価は以下のようになる。
 ①=◎、②=◎、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=○、⑦=○、⑧=◎
 総合評価=3A級 距離適性=9~16F

どこから見ても、一流馬の血統構成であり、それが日本産馬同士の交配によって得られたことは、大変に意義のあることである。こうした馬が海外に遠征して活躍してこそ、真のすぐれた日本産馬として評価されることになるのではないか。

ところで、母グリーンシャトーは、タマモクロスの後に、カブラヤオーと交配され、エリザベス女王杯馬ミヤマポピーを出している。この馬は、内容としては兄タマモクロスには及ばないが、十分にオープン級の能力を確保し、バランスがよくなかなか味のある血統構成を示している。主導は、Pharosの系列ぐるみで、Fair Trialを強調。Solario、Umidwar、Son-in-Law、Plucky Liegeによってスタミナ補給し、歴代のエリザベス女王杯馬の中でも、そのスタミナは上位にランクされる。そのあたりを、分析表から確認していただきたい。

ミヤマポピーの8項目評価は以下の通り。
 ①=□、②=□、③=○、④=□、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

▸ ミヤマポピー分析表

ミヤマポピーは繁殖として供用されているが、先日その仔ゼンノカルナックが勝ち上がっている。父はダンスインザダークで、その内容は万全ではないが、父母ともにGainsborough、Bay Ronaldの血を流れを持っているので、Khaled主導のもと、うまくまとめられている(3B級)。Polynesianの影響から、気性面で気になる面はあるが、うまくレースに集中できるようになれば、ある程度上のクラスでも通用するだけの血統構成は確保されているので、動向には注目してみたい。

最後に、タマモクロスの種牡馬としての可能性に言及しておきたい。同馬は、まだG1馬は出していないが、カネツクロスやシロキタクロスなどG2クラスは輩出している。地味ではあるが、10年近く、毎年コンスタントに活躍馬を出して、国産種牡馬として健闘している。その理由は、Swapsやフォルティノを含んでいることで、現在流行している米系のスピードに対応できること。スタミナも、Hyperionをはじめ、Hurry On、Bois Roussel、Plucky Liegeなど、ヨーロッパの血を含み、スピードとスタミナのバランスがほどよくとれていることがあげられる。

これまでの産駒の中では、シロキタクロスの配合が、質・傾向ともにもっともすぐれていたが、神戸新聞杯を制した後、故障でリタイアしてしまったことは、大いに惜しまれる。

シロキタクロスの8項目評価は以下の通り。
 ①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=○、⑦=◎、⑧=○
 総合評価=2A級 距離適性=8~15F

▸ シロキタクロス分析表

しかし、現代では、このシロキタクロスの母サニーモーニングのような血統構成を持った繁殖牝馬が増えていることからも、こうした系統にも対応できる種牡馬して、タマモクロスはまだまだ貴重な存在であることは間違いない。また、以前私たちが発刊した『I理論で読む スタリオン・ブック』の中でも指摘したように、タマモクロスはサンデーサイレンスのような血とも相性がよい。その一つの現れが前述したミヤマポピーの産駒ゼンノカルナックであり、同じく11月には、タマモクロスはBMSサンデーサイレンスの組み合わせで、マイソールサウンドという馬が新馬勝ちを収めている(3B級)。

今後とも、内国産種牡馬として、優駿を輩出することを期待したいものである。

 

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