スピードシンボリ
父:ロイヤルチャレンヂャー 母:スイートイン 母の父:ライジングライト
1963年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:天皇賞・春、有馬記念2回、宝塚記念
現代の競走馬は、G1レースを制して実績を残すと、引退して種牡馬になるサイクルが早くなっている。しかし、スピードシンボリの場合は、オーナーの和田共弘氏の夢を担って、あくまでも競走馬として世界に通用する走りを追求して、8歳まで現役生活を続けた。日本はもとより、アメリカのワシントンDC、イギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスS、フランスの凱旋門賞と、世界の一流レースに挑戦して、精一杯の力を出してきたのである。
そして、7歳、8歳で有馬記念を連覇するという偉業を成し遂げ、前回この記事で取り上げたアカネテンリュウとの2度にわたってデッドヒートを演じて、競馬ファンに夢とロマンを与えてくれた。
また、スピードシンボリといえば、4歳秋に頭角を現した頃からコンビを組んだ野平祐二騎手(2001年他界)の存在も忘れることはできない。常にフェアーであり、それでいて馬の能力を最大限に引き出す華麗なる騎乗。スピードシンボリとは、現代に欠けている競馬の本質にまつわるエピソードが詰まっていたように思う。
《競走成績》
3~8歳時(旧表記)に、43戦17勝。主な勝ち鞍は、天皇賞・春(芝3200m)、有馬記念2回(芝2500m)、宝塚記念(芝2200m、2分13秒3のレコード)、アメリカJCC2回(芝2500m、うち1回は2分34秒9のレコード)、目黒記念(芝2500mとダ2300m、後者では2分23秒5のレコード)、日本経済賞(芝2500m)、ダイヤモンドS(芝3,200m)、京成杯(芝1600m)。2着は菊花賞(芝3000m、1着ナスノコトブキ)、3着=有馬記念(1着コレヒデ)、同(1着リュウズキ)、4着=有馬記念(1着カブトシロー)。
海外では、アメリカのワシントンDCインターナショナル5着(1着Fort Marcy)、イギリスのキングジョージ6世&クイーンエリザベスS5着(1着Park Top)、フランスの凱旋門賞10着(1着Levmoss)。
《種牡馬成績》
1971年から供用され、産駒には、ステイヤーズSを2連覇したピュアーシンポリ、府中3歳Sを制したシャトーシンボリなどがいるが、自身の競走成績からすれば、その実績は物足りない内容であった。
スピードシンボリの父ロイヤルチャレンヂャーは、アイルランド産で、競走成績は3~4歳時に10戦4勝。3歳時に、ミドルパークSを制したものの、4歳になると思ったほどの成長を見せず、競走馬としては、二流のスプリンターという評価であった。1961年に、種牡馬として輸入され、スピードシンボリの他にも、ステイヤーとして活躍したコマカブト(8勝、有馬記念5着)や、ヤマヒビキ(10勝)などを出している。しかし、それ以外には、これといった産駒もなく、Nearco系の血を継ぐRoyal Chargerの直仔という期待値からすると、実績はいまひとつであった。
ロイヤルチャレンヂャーの血統構成は、別掲の通りで、8項目評価をすると、以下のようになる。
①=□、②=△、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
総合評価=2B級 距離適性=6~8F
実績が示す通り、The Tetrarch、Sundridgeなどのスピードには恵まれたものの、全体のバランスが崩れ、二流のスプリンターという評価通りの内容といえる。
ロイヤルチャレンヂャーの父Royal Chargerは、イギリス産で、競走成績は21戦6勝。コロネーションCを制し、2000ギニーもCourt Martial(父Fair Trial)の3着と善戦、6~8Fの距離で良績を残している。
このRoyal Chargerは、競走成績こそ一流の実績を残せなかったが、Nearco系のサイアーラインを伸ばす上では、多大な貢献を果たすことになる。とくに現代の日本では、Turn-to→Hail to Reason→Haloを経たサンデーサイレンス、およびHail to Reason→Robertoを経たブライアンズタイムが大活躍。また、3歳で有馬記念を制したシンボリクリスエスの父Kris S.の父もRobertoといった具合に、Royal Chargerのラインを受け継ぐ種牡馬が、着々と実績を残している。そこで、Royal Charger自身の血統構成についても検証しておこう。
Royal Chargerは、父がNearcoで母はSun Princess。母の母Mumtaz BegumとNearcoの間に生まれたのがNasrullahだから、母の父Solarioが間にいるかいないかの違いだけで、構成されている血は4分の3が共通ということになる。といっても、このSolarioが母の父として配されたことで、Nasrullahとは配合内容が異なる様相を示す。
その血統構成を見ると、位置と系列ぐるみの関係から、Sainfoin(=Sierra)とSt.Simonが、全体をリードしている。ただし、この両者の結合は、必ずしも強固とはいえず、この点が、この馬のここ一番での詰めの甘さの要因になったとも考えられる。
しかし、両者は、Ayrshireの血を介することで、間接的には結合を果たしているので、多少時間はかかるものの、完全開花を果たすことができれば、それほど大きな能力減の要因にはならなかったはず。というよりも、この馬は、Solarioのスタミナがしっかりと再現され、スピードとスタミナのバランスがとれた中距離タイプのしっかりした血統構成を持っており、10F前後の距離を目標にすれば、もっと良績を残せたように思える。つまり、マイル戦での詰めの甘さの要因は、前述した結合の問題のほかに、血統構成から予測される距離適性にも関係していたと見るべきだろう。
Royal Chargerの8項目評価は以下の通り。
①=□、②=○、③=□、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=8~11F
包含された血に共通性があるNasrullahと比較しても、よりバランスのすぐれた配合馬であったことが確認できる。
母スイートインは、札幌3歳Sを制したものの、勝ち星は2勝にとどまっている。これは、Gainsboroughのクロスを伴うHyperionの2×3という強い近親配合によって、バランスを崩し、SunstarとPhalarisのスピードによって早期に勝利は得たものの、自身の血統構成としては、理にかなった内容ではなかったことが原因と見て間違いない。
そのかわり、他に先がけて、いち早くHyperionの血を活用し、血の統一性は備えていた。そして、後に隆盛を極めるNearco系の祖Phalarisを配し、またそれとは逆に、日本に根付いていたBlandford系の血を含んでいなかったことが、当時の繁殖牝馬として、一つの個性となっていた点は、注目に値する。
ちなみに、母の父ライジングライトは、イギリス産で、ジョッキークラブSなど7勝をあげ、Hyperion直仔の種牡馬としての期待を担って輸入された。産駒には、ハククラマ(菊花賞、セントライト記念)、スイートワン(目黒記念)などがおり、スタミナ色の濃い血によって構成されている。
そうした父母の間に生まれたのがスピードシンボリである。
まず、5代以内でクロスしているのは、Gainsboroughの5・4×4・5・6だが、これは、途中でBayardoが断絶している。しかし、もともと母のスイートインが、Gainsboroughクロスを伴うHyperionの2×3という近親度の強い配合であったことからしても、このGainsboroughの影響はかなり強いものと推測できる。
次いで、Phalarisの5×5・6・6で、こちらは父内でPolymelusが6代目という絶妙の位置でクロスして、しっかりと系列ぐるみを形成している。このことは、現代では珍しくないが、Phalarisがこのように強い影響力を持つ形態は、当時としては珍しく、スピードシンボリの能力形成において、重要なポイントになっている。
それというのも、GainsboroughとPhalarisは、St.Simon、Sierra(=Sainfoin)、Hampton、Bend Orを共有することで、強固な結合を果たし、スピードとスタミナを供給しているからである。また、Sunstarが、5・6×6・6・5の系列ぐるみのクロスとなって、スピードのアシストをしていることも、見逃してはならない。
さらに、もう一つ幸運だったことは、Gainsboroughの父Bayardoがクロスにならず、途中断絶したこと。もしも、この血がクロスしてGainsboroughが系列ぐるみになると、影響力が強くなりすぎて、せっかくのPhalarisやSunstarのスピードを半減させることになり、その結果、スタミナ過多に陥る可能性が強くなるからである。
それと、母スイートインが、Blandford系を含まなかったことで、血の統一性がはかれたことも、能力形成にプラスとなった。
以上を、8項目で評価すると、以下のようになる。
①=□、②=□、③=◎、④=○、⑤=□、⑥=○、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=9~12F
けっしてあか抜けた配合とはいえないが、少ないクロス馬と、スピード・スタミナのバランスのよさが特徴。St.Simonが26個という土台構造の確かさを備えた血統構成は、名馬の名にふさわしく、日本・アメリカ・イギリス・フランスの競馬を経験し、8歳まで走り続けたスタミナの裏づけは、十分に読み取ることのできる配合内容である。
種牡馬としてのスピードシンボリは、先述した通り、これといった産駒にはめぐまれなかった。その理由として考えられることは、スタミナ色の濃いライジングライトの位置が、影響力を高める可能性の高い3代目にあって、産駒がスピード不足になりやすく、その後の日本競馬におけるスピード化の流れに乗ることが難しかったこと。当時の日本は、ヒンドスタンをはじめとして、スタミナ系が主流で、繁殖牝馬側にもスピードが不足していたから、余計その傾向に拍車をかけた。
それともう一つ、スイートインに始まるHyperion系の近親ということも無視できない。スピードシンボリ自身のときにも懸念された、Gainsborough系の血が濃すぎることも、種牡馬としての難しさを増す要因になったと推測できる。そうしたときには、その血を薄めることが課題となり、それが配合における注意点になる。
それをうまくクリアしたのがピュアーシンポリだろう。ピュアーシンポリの母スイートチェリーは、パーソロン、ゲイタイム、スヰートといった血で構成されている。その中のゲイタイムは、Hyperionの血を受け継ぐRockefellaの仔だが、Hyperionの血は5代目に後退している。
そして、パーソロンとスヰートには、Hyperion-Gainsboroughの血は1滴も含まれていない。その結果、ピュアーシンポリは、Hyperionの4・5×5が確かに主導にはなっているが、スイートチェリー内のHyperionは5代目に後退しているので、それほど近親度は強くなくなった。そして、スイートチェリーがNearcoを含まないことから、Hyperionの主導がより明確になったことも幸運だった。
同馬を8項目にあてはめると以下のとおり。
①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=10~15F
ステイヤーズS(2回)とダイヤモンドS制覇という実績が示す通り、スタミナ優位で、スピード勢力の弱さは否めないが、Hyperionを主導としたシンプルな構造はなかなかのもの。ステイヤーとしての典型的な形態を備えた血統構成といえる。現代の硬い馬場で頭角を現すには難しいタイプかもしれないが、トニービンがHyperionの強い近親を持つ血統構成という点で、スピードシンボリと共通性を持っているため、トニービンを考察する上でも参考になるので、覚えておきたい配合ではある。
最後に、スピードシンボリと同期の馬、あるいは海外に遠征した時の勝利馬たちの血統表を掲載しておくので、参考にしていただきたい。
■テイトオー(ダービー)
①=◎、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=9~12F
テイトオーは、ダービーでは28頭立ての12番人気と人気薄だったが、血統構成は、たいへん珍しいGrand Paradeの系列ぐるみの主導で、みごとなバランスを保っていた。まさに「配合の妙」を体現した内容である。ちなみに、スピードシンボリは、28頭中27番人気だった。
■Fort Marcy(ワシントンDC)
①=□、②=○、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=○
総合評価=3B級 距離適性=9~11F
ターフの帝王といわれたFort Marcyは、グラスワンダーの能力源となっていたAmerigoのMarcovil、Orbyといった欧州のスタミナ、スピードを生かし、生きている血はまさに芝向き。ただし、祖母内の影響度が「0」となっているように、バランスが崩れ、血統構成上だけでいえば、このレースで2着になったDamascus、そして5着のスピードシンボリのほうが内容がすぐれていた。
■Park Top(キングジョージ)
①=◎、②=○、③=◎、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=9~12F
マイナーな種牡馬産駒の牝馬だが、Gainsboroughの主導は明確で、じつに解りやすい血統構成を示している。スピードシンボリよりも、ランクは上。
■Levmoss(凱旋門賞)
①=◎、②=○、③=◎、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=◎
総合評価=2A級 距離適性=8~12F
Fair Trialを主導に、The Tetrarchのスピードアシスト、Solario、Son-in-Lawのスタミナと、当時の日本には見られぬスピード・スタミナのバランスのよさを秘めた配合馬である。この馬のスピードが開花すれば、いくら欧州の馬場といっても、スピードシンボリのスピード勢力では勝つことは無理。