久米裕選定 日本の百名馬

ミスターシービー

父:トウショウボーイ 母:シービークイン 母の父:トピオ
1980年生/牡/IK評価:2A級
主な勝ち鞍:皐月賞、日本ダービー、菊花賞、天皇賞

▸ 分析表

ハイセイコーや、以前紹介したテンポイントなどの出現によって、競馬の大衆化が進み、レジャーとして市民生活に定着していった1970年代。しかし、急速に拡大した競馬ファンにとって、「三冠馬」という存在は、いわばすでに伝説のようになっていたシンザンの話を聞くだけであった。そうした中にあってついに、セントライト、シンザンに次いで、日本競馬史上3頭目の三冠馬を、ファンの前に具現してみせたのがミスターシービーである。2頭目のシンザン以来、じつに19年ぶりの快挙であった。

それだけでも話題性は十分あったが、加えて、父が内国産種牡馬のトウショウボーイであること、そして母が、偶然にも父と同じ新馬戦でデビューしたシービークインであるという血統的背景も、ファンの関心を高めた。

ミスターシービーは、21頭立てのダービーで、1コーナーを最後方で回るというレース振りに象徴されるように、いつも極端な戦法をとった。ファンをハラハラ、ドキドキさせながら、それでいて最後には栄冠を勝ち取ってしまう。この完全無欠とは対極にあるような個性が、ファンの心をとらえ、絶大な人気を得る事につながった。

同期のライバルには、日本馬として初めてジャパン・カップを制したカツラギエース、4歳で有馬記念を勝ったリードホーユー、皐月賞・ダービーで2着に入ったメジロモンスニーなどがいた。また、1歳下には、翌年シービーに続いて2年連続で三冠制覇を達成し、最終的には七冠馬になったシンボリルドルフがいる。両者のJC、有馬記念、天皇賞における3度の「三冠馬対決」は、大いに話題になった。

《競走成績》
3~6歳時に15戦して8勝。主な勝ち鞍は、皐月賞(芝2,000m)、ダービー(芝2,400m)、菊花賞(芝3,000m)、天皇賞・秋(芝2,000m)、共同通信杯4歳S(芝1,800m)、弥生賞(芝1,800m)など。

《種牡馬成績》
ヤマニングローバル(デイリー杯3歳S=G2、アルゼンチン共和国杯=G2)、スイートミトゥーナ(クイーンC=G3)、シャコーグレイド(皐月賞2着)、ドライビングモール、メイショウビトリア

父トウショウボーイは、テンポイント、グリーングラスとともに、昭和51年度4歳最強世代の1頭として、皐月賞、有馬記念、宝塚記念を制し、「天馬」という愛称で親しまれていた。

自身は、Hyperionの3×4を主導として、Mumtaz MahalとThe Tetrarchのスピードをうまく組み込んだシンプルな血統構成の持ち主。Hyperionの主導およびその明確性を備えた構造という点では、日本での草分け的存在でもあった。その内容は、現代でいえば、トニービンの血統構成と、一部共通性が見られる。

トウショウボーイは、確かにスピードに個性を持ってはいたが、惜しまれるのは、上質のスタミナの核があと一歩不足していたことである。そのために、距離延長への対応や、あるいは古馬になってからの成長力といった面で物足りなさを残した。配合という視点に立った場合、このスタミナの差が、ライバルのテンポイントと、古馬になってからの力の差となって現れたと考えられる。

母シービークインは、父トウショウボーイと同じレースでデビューした(ちなみに、後にトウショウボーイのライバルとなるグリーングラスも同じレースに出走している)。4歳牝馬特別、毎日王冠、京王杯スプリングHを制し、逃げたときのしぶとさには、牝馬らしからぬ粘りがあった。その原動力となったスピードは、Panorama内The Boss-Orby、スタミナはAdmiral DrakeやBois Roussel内のPlucky Liege、Hurry On、Solarioなどで、本質的には、むしろ10F以上の距離に適性を持つ馬であったことが、血統構成から推測できる。

その父トピオは、人気薄で凱旋門賞を制し、引退後、日本に輸入された種牡馬。トピオの血統構成は、決して一流の内容ではなかったが、ヨーロッパの質の高いスタミナの血が多く配置されて、底力は十分に備わっており、全体のバランスを考えると、凱旋門賞制覇もあながちフロックとはいえない部分も、十分に読み取れる。日本に輸入されてからの種牡馬成績は、早く死亡したこともあり、シービークインのほかには、ディアマンテを出した程度だが、ともに牝馬のため、父系として後世に血を残すことはできなかった。たいへん残念なことではある。

そうした父と母の間に生まれたのがミスターシービー。まず、この馬の主導は、位置と系列の関係から、母方アドミラルバード内のNearcoの系列ぐるみ。ついでテスコボーイ内Hyperion(中間断絶)。両者は、Chaucer-St.Simon、Cylleneを共有して結合を果たしている。つぎに、6代目の位置に並ぶ主なクロス馬を見てみると、Blenheim-Blandford、Solario、Hurry On、Trustful、Tracery、Dark Legend などがあり、これらは、主導のNearcoとCanterbury Pilgrim、Bay Ronald、Sainfoin、Cylleneで結合し、主にスタミナ勢力として参加し、強固な連動態勢を備えている。

この血の結合の強固さが、ミスターシービーの強さの源泉であり、父トウショウボーイには欠けていたスタミナを、BMSの位置に入った凱旋門賞馬トピオから、みごとに引き出していることがわかる。

ミスターシービーは、父母がスピードタイプであったことや、秋の天皇賞2,000mをレコードで制したことなどから、両親同様にスピードタイプと思われがちだが、意外にも、スタミナ勢力の強い馬だったのである。これが、皐月賞の不良馬場を克服できた要因であり、3,000mの菊花賞で向う正面の坂の手前からスパートし、最後まで他馬を寄せつけないレースを見せた血統的要因であると推測できる。

それだけに、残念なのは、父トウショウボーイのスピード源であったMumtaz MahalとThe Tetrarchの血を生かせなかったこと、および母シービークインのスピード要素として働いていたThe Boss-Orbyの血も生かせなかった点。

また、母の母内の主導のNearcoと、父の父テスコボーイ内のNearcoが、ほぼ同等に強くなっているため、血の集合という面で、多少の割引材料になったことはいなめず、これが上位の頂上対決などの場面では、微妙に影響したことも考えられる。つまり、そのために、好位につけるだけの素軽さがなく、器用さを欠いた。それが、「後方一気」といった極端な戦法に頼る要因になった。「好位差し」という近代競馬の戦法を身につけたシンボリルドルフとの3度の対戦で、いずれも敗れ去ったことの血統的要因をあげるとすれば、この点を指摘しないわけにはいかないだろう。

ただし、ヨーロッパのような深い芝、力を要する馬場で、2,000~2、400mの距離で戦ったとしたら、トピオの質の高いスタミナを生かしたミスターシービーのほうが、ルドルフよりも有利、という血統的見解が出てくることは付け加えておきたい。

ミスターシービーの血統構成を、8項目評価に照らすと以下のようになる。

 ①=○、②=◎、③=◎、④=□、⑤=○、⑥=○、⑦=○、⑧=○
 総合評価=2A級 距離適性=8~12F

ミスターシービーは、父母のイメージとは異なり、不器用でスタミナ優位の配合馬であったことは前述したとおりだが、種牡馬としても、構成されている血の内容や位置の関係から、産駒はスタミナ優位の中長距離タイプの配合形態になる可能性が高いことが予測された。その根拠は、主に、母シービークインの影響によるところが大きい。参考例として、シャコーグレイドとヤマニングローバルの分析表を掲載してあるので、参照していただきたい。

まず、シャコーグレイドだが、主導はHyperionとBois Rousselの系列ぐるみで、両者はChaucer、St.Simonを共有して、互いに連動態勢を整えている。この場合、まずHyperionは、Gainsboroughを通じトピオおよびヒンドスタンから、またBois Rousselも、その父VatoutやPlucky Liegeを通じてトピオから、スタミナを補給したHyperionに能力変換している。このヨーロッパのスタミナは、シャコーグレイドの能力形成において、きっちりと根を張って、全体をリードしている。

つぎにスピードはMahmoudで、その裏づけとなるMumtaz Mahal、The Tetrarchを得て、テスコボーイ、Luthierから補給している。欲をいえば、Man o’Warをクロスさせ、RelicやSwapsのスピードを押さえたかったが、最低限Rock Sandを生かしたことで、大きなマイナスとはならずにすんでいる。

 以上のことから、シャコーグレイドの血統構成を8項目評価すると以下のようになる。
 ①=◎、②=○、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=2A級 距離適性9~16F

▸ シャコーグレイド分析表

つぎに、ヤマニングローバル。この馬は、BMSのNijinskyや、母方3代母Luffing内のアメリカ系の血の生かしかたが必ずしも万全とはいえないが、シャコーグレイドと同様、Rock Sand-Sainfoinによって、最低限の連動態勢は確保している。そして、強調されたトウショウボーイのスピードとスタミナのキーホースを押さえ、Admiral Drake-Plucky Liege-Speamintによってスタミナの核を形成し、St.Simon-Cylleneで主導との結合を果たしている。

 8項目評価は以下の通り。
 ①=◎、②=○、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=2A級 距離適性=9~12F

▸ ヤマニングローバル分析表

シャコーグレイドほどのきめ細かさとスタミナには欠けるが、日本の馬場を考慮した場合、こちらのほうが、スピード対応の面で有利と考えられる。

シャコーグレイド、ヤマニングローバルは、両馬とも、すぐれた配合内容であり、とくに前者は、故・五十嵐良治氏も「国際級の質の高さをもつ」と評されていたが、そのことは分析表からも十分読み取ることができる。また、後者は、4歳で骨折し、その後、脚にボルトの入った状態で重賞を制していることからも、もしも無事であれば、G1制覇を果たしてもおかしくないだけの血統構成といえる。

これまでもヨーロッパのスタミナの重要性について触れてきたが、以上のように、ミスターシービーには後世に伝えるべき優秀なスタミナの血が包含されているということをご理解いただけたと思う。しかし、残念ながら、現在、ミスターシービーの後継種牡馬としては、ヤマニングローバルただ1頭のみ。ただし、一筋の光は、昨秋の第1回JCダート戦を制したウイングアロー(父アサティス)のBMSがミスターシービーで、その能力形成に大きな役割を果たしていること。ウィニングアローがG1を制したことにより、種牡馬になれる可能性を残している。シービーの血を残し、伝えるためにも、ぜひ種牡馬になってもらいたいもの。

最後に、参考として、何頭かの馬たちの血統を紹介しておこう。まず同期のライバルであったメジロモンスニー。そして、すぐれた血統構成を持ちながら、骨折・故障によってターフを去っていった馬たち。この1987年生まれの馬たちは、私がI理論の勉強を始めた頃に登場してきた、思い出深い馬たちである。その優秀性を、分析表から読み取っていただきたい。

■メジロモンスニー
 ①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=□
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

Fair Trialを主導としながらも、スピードのLady Josephine、The Tetrarchはクロスになれず、Blandford、Clarissimus、Son-in-Lawを得てスタミナ優位となった中長距離配合馬。

▸ メジロモンスニー分析表

■トウショウバレット
 ①=◎、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=◎
 総合評価=2A級 距離適性=9~15F

フェデリコ・テシオの代表産駒Donatello主導のステイヤー。ヨーロッパの上級馬のパターンを持つ名配合。

▸ トウショウバレット分析表

■ドライビングモール
 ①=○、②=○、③=○、④=□、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

Blue Peter主導。Hurry Onのアシストを得て、英国ダービー馬Ocean Swellを再現した珍しい形態。

▸ ドライビングモール分析表

■ロックランド
 ①=◎、②=○、③=◎、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=◎
 総合評価=2A級 距離適性=9~12F

ことし(2000年)の英ダービー馬Sinndarと同様、Owen Tudorの4×4を有効に活用。Tudor Minstrelのスピードと、Right Royalののスタミナをみごとに融合させた妙味ある血統構成。

▸ ロックランド分析表

■サクラサエズリ
 ①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

Mill Reefを生かす1つの形態として、最初に登場した配合馬。短距離馬と評され、持ち味を生かせないままターフを去ったが、本質は晩成の中長距離型であることが読み取れる。

▸ サクラサエズリ分析表

 

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