イナリワン
父:ミルジョージ 母:テイトヤシマ 母の父:ラークスパー
1984年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1天皇賞・春、G1宝塚記念、G1有馬記念
《競走成績》
公営(大井)時代は、2~4歳時に14戦9勝。主な勝ち鞍は東京王冠賞(ダ2,600m)、東京大賞典(ダ3,000m)。
中央転厩後は、5~6歳時に11戦3勝。主な勝ち鞍は、天皇賞・春(GⅠ・芝3,200m)、宝塚記念(GⅠ・芝2,200m)、有馬記念(GⅠ・芝2,500m)。5歳時に年度代表馬、最優秀古馬。
《種牡馬成績》
1990年から供用。主な産駒には、シグナスヒーロー(2着-アメリカJCC・GⅡ=2,500m、ステイヤーズS・GⅢ=3,600m)、ボストンエンペラー(2着-愛知杯・GⅢ=2,000m)、ツキフクオー(東京王冠賞・南関東=ダ2,600m)
父ミルジョージは、米国産で4戦2勝。ステークス勝ちはない。日本では、1979年から供用され、イナリワンが活躍していた1989年には、当時全盛期にあったノーザンテーストに次いでサイアーランキング2位の座についている。ミルジョージが輸入された頃は、日本では他に、テスコボーイやファバージに代表されるPrincely Gift系、あるいはネヴァービート、ダイハードのNever Say Die系などが、サイアーランク上位で実績を残していた。ちょうど、スタミナ系からスピード系へと移行している時期でもあり、ミルジョージもMill Reef系というよりも、むしろNasrullah系という区分けで紹介されていた。
自身の実績を加味しても、さほど期待されていたわけではないので、当初、産駒は中央よりも地方に所属するケースが多かった。
ところが、ふたを開けてみると、中央ではエイシンサニー(オークス)、オサイチジョージ(宝塚記念)、モガミヤシマ(中山記念、NHK杯)を始め、多くのステークスウイナーを出した。地方でも、ロジータ(南関東三冠馬)、ロッキータイガー(東京王冠賞、2着-ジャパンカップ)など、トップクラスの馬を出し、当初の期待を上回る成績を残した。
このミルジョージの成功によって、以後、日本にはMill Reef系と称して、マグニテュード、ダイヤモンドショール、サウスアトランティック、パドスール、テリオス、クリエイター、アロングオールと、この系統なら何でも、といった勢いで、次々と輸入された。そして、これらの種牡馬の中からは、産駒としてミホノブルボン(父マグニテュード)、アズマイースト(父サウスアトランティック)などは出たものの、国内におけるサイアーラインとしてのMill Reef系がいまや劣勢であることは周知の通り。
ミルジョージ自身の血統構成は、Nasrullahの3×4を呼び水として、RibotとPrincequilloの相性のよさを生かしている。父母内のキーホースも最低限生きており、傾向としては、決して悪い内容ではない。ただし、強力な主導勢力とスタミナの核が不足していることも確かであり、種牡馬として配合に供する場合には、そのあたりカバーする必要がある。また、アメリカ産といっても、ヨーロッパの血が主体になっていることは留意しなければならない。
母テイトヤシマは、レースには不出走。とはいえ、その血統構成は、Pharosの5×4を呼び水に、Polymelusの系列ぐるみを中心として、The Tetrarch、Sundridgeのスピードに、Rock Sandのスタミナを加え、St.Simon30個が土台を支えるというように、なかなかしっかりした内容をもっていることが確認できる。もし無事に競走馬としてレースに出ていたら、まず未勝利で終わるような馬でなかったことは確かである。また、このSt.Simonの土台構造の強固さは、よい繁殖牝馬になる重要な条件であり、イナリワン誕生の伏線となっているともいえる。
イナリワンの血統的背景は以上のようなものだが、つぎに自身の血統構成を検証してみよう。5代以内には、Nasrullahの4・4×5のクロスがあるが、これは中間断絶で、途中Phalarisもクロスになっていないことから、このNasrullahの影響力は系列ぐるみよりも弱められている。それに代わり、Hyperionの6×6が系列ぐるみを形成。その他では、Marcovil、Bachelor’s Double、Rose Red=Sweet Lavenderも6代目でクロスして、影響度数値に加算され、能力形成に参加している。これらの血はいずれもスタミナ要素が濃く、BMSのダービー馬ラークスパーのスタミナがきっちりと再現されたことが読み取れる。
また、Rose Redは、Hurry On-Marcovilに通じるMarco、Swynford、Isinglassなどのスタミナ系の血を含み、これらをまとめる上でも重要な役割を果たしている。いわば、Rose Redは、イナリワンのスタミナを支える隠れた功労者ともいえる存在になっている。
スピードは、The Tetrarch、Sun Warship-Sundridgeを通じて、セフトから補給している。セフトについては、前回のトキノミノルのときに、スピードの供給源として、古い日本の血の中では貴重な存在と解説したが、イナリワンの能力形成においても、母内に配されて、スピード勢力として働いていたのである。
種牡馬ミルジョージの配合の際の留意点として、産駒の中にしっかりとした系列ぐるみの主導をつくる必要性を指摘しておいたが、イナリワンに関しても、Nasrullahが系列ぐるみのクロスになれず、その点では、上記の条件を必ずしも満たしていない。しかし、この馬の全体のバランスを考えると、もしもNasrullahが系列ぐるみを形成していると、逆にその影響が強くなり過ぎて、スタミナ勢力の影響力を削いでしまうという現象を起こす。その理由は、この父母の間では、Blenheim、Blandfordといった、Nasrullahにスタミナを注入する血がクロスにならないため、普通以上に距離に対する限界が生じやすくなってしまうのである。
したがって、イナリワンに関しては、NearcoやPhalarisが欠落して、Nasrullahの影響が弱められたことが、かえって強調されたラークスパーの血を再現する上で、都合がよいことになり、スピードとスタミナのバランスが、うまい具合に保たれたといえる。
ただし、理想をいえば、優秀な配合馬とは、しっかりとした系列ぐるみの主導と、スタミナの核を持つことが必要条件であり、それでいえば、イナリワンは主導の明確性を欠いていたといわざるをえない。それが、上級クラスにおけるマイナス要素であったことは確かだろう。
毎日王冠では、ゴール前で、オグリキャップと壮絶なデッドヒートを演じて、競馬ファンに強烈な印象を残した。が、このレースの後に、疲労が残り、天皇賞、ジャパンカップと見せ場もなく敗退したことなどは、イナリワンの血統構成のマイナス要因が露呈された結果と見ることもできる。
とはいうものの、イナリワンの血統構成は、まさに配合の妙を示してくれたことも確かである。天皇賞や有馬記念で見せた、完調時におけるここ一番の底力は、絶妙なスピード・スタミナのバランスと、父母の底辺に流れるSt.Simonの土台のたまものである。そうした潜在能力が、公営時代に鍛練された体力を基礎に、中央でみごとに結実したといえるだろう。
以上イナリワンの血統構成を、8項目で評価すると以下のようになる。
①=□、②=○、③=◎、④=□、⑤=○、⑥=○、⑦=□、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=9~15F
Mill Reef系を継ぐ種牡馬としてのイナリワンの実績は、先述した産駒たちがいるものの、いまではほとんど注目されなくなっている。しかし、構成されている血の内容は、Mill Reefを始め、Ribot、Never Say Dieなど、現代でも十分に通用する質を保っている。とくに、Mill Reef系でありながら、Man o’ War、Sir Gallahadを含んでいることは、貴重な存在といえる。本来ならば、もう少し実績を残してもよいはずなのだが、硬い馬場に対するスピード対応の面や、そしてそのスタミナゆえに、産駒が総じて晩成傾向になりやすいことなどは、現代の日本では不利な要素になっているかもしれない。
イナリワンの配合を考える場合、Nasrullah-Nearco系を中心に、Mill Reef、Ribotのキーホースを押さえることと、そしてヨーロッパのスピード・スタミナをいかに押さえるかが、まず鍵となる。それでいえば、先述した3頭の産駒(シグナスヒーロー、ボストンエンペラー、ツキフクオー)は、イナリワン産駒として考えられる配合のモデルケースに値し、たいへん優秀な血統構成を示している。別紙分析表と、当時の診断(3行コメント)、もう一度見直して、その内容を確認していただきたい。
■シグナスヒーロー
①=○、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=9~12F
主導はNasrullahだが、他にDjeddah、War Admiralなどのスタミナの血が前面でクロスしているため、中距離に適性を示す。硬い芝では苦戦をしいられそうな配合馬。父同様、晩成傾向がみられるので、古馬になってから勝負を。
■ボストンエンペラー
①=○、②=○、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=8~12F
Never Say Dieの4×4の系列ぐるみが主導で、その中のMan o’War、Vatout、Sir Gallahadが生きて、スタミナを確保。スタミナは十分なので、スピードの血を開花できれば、中距離(硬い芝なら15Fも克服可能)で活躍できる素質はある。晩成型。
■ツキフクオー
①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=8~12F
Never Bendの4×4の系列ぐるみを主導とした配合で、父の特徴はとらえている。BMSのスタミナも生きているので、スタミナには見るべきものがあるが、それだけに中央の硬い芝レースに慣れるまでは時間を要するかもしれない。しかし、配合の妙は十分ある。
その中で、公営のツキフクオー血統構成などは、一昨年のBCターフ(芝2,400m)の優勝馬Kalanisiと共通する主導勢力を持ち、世界でも実績を残している形態。またボストンエンペラーを構成しているMill Reef、Northern Dancer、Tudor Minstrel、Le Levanstell、Never Say Dieといた血は、ヨーロッパでは種牡馬評価を得られるほど、質の高い内容である。残念ながら、現状の日本では、イナリワンともども、Mill Reef系は衰退の道をたどりそうな状況にある。
しかし、ヨーロッパで連続リーディングサイアートップのSadler’s Wellsを始め、世界のトップレベルをいく馬は、確実にMill Reef系の血を必要とする流れが見られる。それだけに、日本でも改めて、この血の重要性を認識してもらいたいものである。