久米裕選定 日本の百名馬

ディープインパクト

父:サンデーサイレンス 母:ウインドインハーヘア 母の父:Alzao
1991年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1ダービー、G1皐月賞、G1菊花賞、G1有馬記念

▸ 分析表

ディープインパクトのデビューは、2004年(平成16年)の12月、阪神の新馬戦、芝2,000m、9頭立て。1番人気に応え、上がり33秒1というケタ違いの瞬発力を披露して、デビュー戦を飾る。その後も、若駒S、弥生賞と連勝し、クラシック第一弾の皐月賞に向かう。

ここでも、ディープインパクトは圧倒的1番人気に支持され、2番人気には朝日杯を制したマイネルレコルト、3番人気は弥生賞で2着と善戦したアドマイヤジャパンが続いた。ディープインパクトは、フルゲートの中山芝2,000mでは致命傷ともいえる、スタートでのつまづき・出遅れをおかしたが、それをものともせず、他馬とは次元の異なる差し脚を発揮して、2着のシックスセンスに2馬身1/2の差つけて優勝。このレース以降、武豊騎手の談話から、ディープの走りは「飛ぶ」と表現されるようになった。

そして無敗で迎えたダービー。ここでも、皐月賞ほどではなかったが、スタートのタイミングが合わず、少し遅れたスタートで、後方4番手を追走する。しかし、3コーナー過ぎから、まくり気味に先行集団に取りつくと、直線ではさらに驚異の瞬発力を発揮する。ダービー史上初の上がり33秒4という脚を使い、2着のインティライミに5馬身差をつけ、キングカメハメハとタイレコード(2分23秒3)で圧勝、これは平成4年のミホノブルボン以来の無敗の二冠達成であった。

秋緒戦の神戸新聞杯を制し、順調さをアピールすると、いよいよ三冠をめざして、菊花賞に挑戦。ここでも、ディープインパクトは、折り合いを欠くという長距離戦では不利な走りをしながら、アドマイヤジャパンのロングスパートもものともせず、すばらしい末脚を発揮して、単勝1.0倍という支持に応えて優勝を果たす。これは、シンボリルドルフ以来、21年ぶりの無敗の三冠馬誕生となった。

しかし、ここまで負け知らずだったディープも、その後の有馬記念では、ルメール騎手騎乗のハーツクライに、1/2馬身をつけられ、まさかの敗北を喫す。ここで連勝の記録は絶たれた。

しかし、古馬となったディープインパクトは、さらにパワーアップされ、阪神大賞典で復帰すると、天皇賞、宝塚記念もなんなく連覇。古馬の頂点に立ったディープは、さらなる飛躍をめざして、秋には世界最高峰のレース、凱旋門賞に挑んだ。

結果は、Rail Linkと差のない3着であったが、周知のように、禁止薬物が検出され、失格の裁定を下された。レースでは、人気のHurricane Run、Shiroccoに先着している。いろいろ見かたはあるだろうが、初コースや、斤量差などの条件を考慮すれば、実力の片鱗を見せたレースであったことは間違いないだろう。

帰国後、復帰戦に選んだのがジャパンカップ。不本意な失格騒動から、絶対に負けられないレースとなったが、そのプレッシャーをみごとにはね返し、ディープインパクトは、府中のターフを先頭で駆け抜けた。そして、ラストランとなった有馬記念。まさに完璧といえるレースぶりで、有終の美を飾り、惜しまれつつターフを去って、種牡馬入りを果たした。

《競走成績》
2~4歳時に走り、14戦12勝。主な勝ち鞍は、皐月賞(G1・芝2,000m)、ダービー(G1・芝2,400m)、菊花賞(G1・芝3,000m)、天皇賞・春(G1・芝3,200m)、宝塚記念(G1・芝2,200m)、ジャパンC(G1・芝2,400m)、有馬記念(G1・芝2,500m)、弥生賞(G2・芝2,000m)、神戸新聞杯(G2・芝2,000m)、阪神大賞典(G2・芝3,000m)など。

父サンデーサイレンスは米国産で、2~4歳時に走り、14戦9勝。ケンタッキー・ダービー(米G1)、プリークネスS(米G1)、BCクラシック(米G1)などを制し、米3歳牡馬チャンピオンに選出されている。種牡馬として日本に輸入され、1995年~2007年の間、リーディングサイアーの座を守る。産駒は、本馬を始め、ハーツクライ、スペシャルウィーク、ネオユニヴァース、サイレンススズカ、ゼンノロブロイ、アグネスタキオン、ダンスインザダーク、ダンスインザムード、フジキセキ、タヤスツヨシ、ジェニュイン、デュランダルなど、数多くのG1ホースを輩出、日本の血統地図を大きく塗り替える偉業を遂げた。

サンデーサイレンス自身は、Montparnasseなどアルゼンチンの血を含み、一般的にいえば、一流の血ではない。しかし、父Haloと母Wishing Wellの相性のよさから、Mahmoudの4×6を主導に、Sir Gallahad、Man o’War、Gainsboroughのスピード・スタミナを得て、じつにシンプルでバランスのとれた血統構成を示している。

8項目評価をすると、以下のようになる。
 ①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=◎
 総合評価=2A級 距離適性=8~12F

▸サンデーサイレンス分析表

母ウインドインハーヘアは英国産で3勝。3歳で頭角を現し、プリティーポリーSを勝ち、英オークス(G1、1着Balanchine)で2着の実績を持つ。その後引退してアラジと交配した後に、再び競走馬に復帰。お腹に仔を宿しながらドイツに遠征して、G1レースのアラルポカル(芝2,400m)を制したという、実に珍しい経歴を持っている。

母系は、英国女王陛下の持ち馬Highclere(1000ギニー、仏オークス)に通じ、NHKマイルCを制したウインクリューガーの母インヴィトと同系にあたる。ウインドインハーヘア自身は、父Alzaoの持つ米系のスピードを完全に再現することはできなかったものの、Court Martialの4×5の系列ぐるみを主導に、母内DonatelloやHighclereのスタミナを再現、欧州特有のスタミナを備えたしっかりした血統構成の持ち主であった。

8項目に照らすと、以下の通り。
 ①=○、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=△、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

▸ウインドインハーヘア分析表

ディープインパクトは、そうした父母の間に生れた。

ディープインパクトの血統で、評価点に加算される主なクロス馬を検証すると、まずAlmahmoudの4×6が系列ぐるみで、主導勢力を形成している。次いで、Turn-toの4×6が中間断絶となり、Nearco、Solario、Plucky Liegeらをまとめ、Gainsborough、Blenheimを通じて主導と結合を果たし、スピード・スタミナをアシストしている。

Pharamond(=Sickle)の5×7・9は、Phalaris、SeleneでNearco系、Hyperion系と結合。Hyperionの6・7×6・7・7は系列ぐるみとなり、Gainsboroughで主導と結合。Sir Gallahadの6・8×6・8・8も、Bay Ronaldによって主導と結合を果たし、スピード・スタミナを供給している。またBlenheimの6・7・8×6・8・8も、直接主導と結合し、Donatelloのスタミナを補給している。

これらを8項目評価すれば、以下のようになる。
 ①=○、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=9~12F

この血統構成は、Haloのスピードは再現されたものの、母系からのスタミナのアシストが強いため、「日本の硬い芝への対応に時間を要するタイプ」と、全兄のブラックタイドの診断を下したときに予測をしていた。たしかに兄の場合にはその傾向が見られたが、ディープの場合には、新馬戦のときから驚異的な末脚を発揮していた。このことは、配合からの推測だけでなく、育成・練成・装蹄(ツメが弱い)など、兄で経験したことを教訓として血統外要因を見直したことも、無縁ではないはず。

それと、血統的に注目したいことは、全兄のブラックタイド、および全弟のオンファイアが、480㎏~500㎏という大型馬であるのに対し、ディープは430㎏~440㎏と小型であったこと。この3頭は、同血であり、理論上は同等評価になるのだが、クロス馬の位置の問題から、Turn-toの4×6と、Almahmoudの4×6とのどちらが強く出るのかが、分かりにくいことも確かであった。

それが、②=□とした理由でもある。この問題を、体型から判断するとすれば、ブラックタイドとオンファイアはAlmahmoudが強く、ディープインパクトはTurn-toが強く出た、と推測することができる。そして、Turn-toの影響から、母ウインドインハーヘアの持つ欧州系が、より強く反映されたのが、ディープインパクトと考えることもできる。

その理由として、母系に存在するHighlightという馬は、Hyperionの3×2という近親交配馬であること。Hyperionといえば、体高156㎝という小柄で有名な馬である。そして、このHyperionが6・7×6・7・7とクロスして、能力参加を果たしているわけで、ディープの小柄な体型は、Hyperionの血が少なからず影響していると考えても、何ら不思議はない。

Hyperionはバネのよい走りをするスピード・スタミナ兼備の名馬であった。となれば、あの「飛ぶ」ような走りと形容されたディープには、このHyperionの血が引き出されていたのかもしれない。

次に、ディープインパクトの種牡馬としての特徴や可能性について検証してみよう。現在の日本では、フジキセキ、ダンスインザダーク、スペシャルウィーク、アグネスタキオンなど、サンデー系と称される種牡馬が実績上位を占め、勢力を広げているが、現役時代の実績からしても、この系統の中でもっとも期待されるのが、ディープインパクトだろう。

まず、一つの目安として、Northern DancerとNasrullahの血を含むか否かという点で、サンデー系種牡馬を分類すると、Northern Dancerを含み、Nasrullahを含まないという点で、ディープインパクトは、ダンスインザダーク、バブルガムフェロー、スペシャルウィーク、マーベラスサンデーと、同じグループに区分される。さらに、欧州系の比率が高いこと、そしてNorthern DancerがLyphard系のそれであることからすると、ディープはバブルガムフェローと共通性が見られる。種牡馬としてのバブルガムフェローは、競走時代とは異なり、産駒は総体的にズブいタイプが多いことが、傾向としてとらえられているが、じつはディープにもその傾向が出る心配が残る。

となれば、それを防ぐために、次の点に留意することが必要になるだろう。
 ① 余分なクロスをつくらず、主導を明確にすること。
 ② 多数派の欧州系のスピード要素を活用すること。
 ③ サンデーから流れるGainsborough、Bay Ronald 系を利用して、
   血の流れをスムーズにさせること。
 ④ 世代のずれを少なくすること。

以上の項目をすべてクリアーできる交配相手を探すのはなかなか難しいことかもしれないが、ここでは、欧州系のスピード要素であるFair Trialに着目して、ミルグレイン(ファイングレインの母)との配合を紹介しておきたい(別紙分析表は実際の配合馬であるアサクサティアラを掲載)。

▸アサクサティアラ分析表

この血統構成では、Northern Dancerの5×4は、途中Nearcticが断絶しているのでやや影響が弱く、主導は、ディープインパクトと同じAlmahmoudの5・7×6の系列ぐるみで、これによりまずスピードを確保。また他にもスピードでは、BMS内Danzigに、Fair Trialの7・8・8・8×7が隠し味的に加わり、能力参加を果たしている。

スタミナは、祖母内Mill ReefやHigh Lineが父と呼応し、Hyperion系を始め、Donatelloが系列ぐるみとなり、核を形成している。また、ディープインパクトのときには欠けていたHurry Onが8・9×9、Ksarが8×9・9・9とクロスし、隠し味的にスタミナを補っている。これが、底力に通じる要素となっている。

以上を8項目に照らすと、以下のようになる。
 ①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=○、⑥=△、⑦=○、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

前述した留意点では、③の要件を満たすことはできなかったが、ディープの特徴を十分にとらえた血統構成になっている。このスピード・スタミナ比率なら、欧州の馬場の10F以上の距離も、十分に克服可能なはずである。心配は、むしろ日本の硬い芝に対する適応かもしれないが、ミルグレインのような繁殖牝馬を活用することができるということは、種牡馬としても、ディープインパクトは、貴重な資質を備えた存在になれるはず。

自身のごとく「飛ぶ」と形容されるような走りを見せる産駒を輩出する確率は低いだろうが、底力を備えた優駿を出す可能性を秘めた種牡馬であることは確かだろう。日本競馬のレベルアップを図るためにも、成功することを願いたい。

最後に、ディープのライバルたちについても、簡単に触れておこう。といっても、ディープインパクトは、その競走実績からしても、同期には、ライバル視できるほどの相手がいなかったことも事実。それは、血統構成レベルを比較しても明らかである。そこで、ここでは、有馬記念でディープの連勝記録にストップをかけたハーツクライの血統構成について、簡単に触れておきたい。

■ハーツクライ

Almahmoudの4×6の系列ぐるみを主導に、Hyperionの6・7×5・7・7・7によってスタミナをアシスト。Gainsborough-Bay Ronald系の結合と、祖父母4頭のバランスのよさ(⑫②④③)を備えた血統構成の持ち主である。

8項目評価は以下の通り。
 ①=□、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=3B級 距離適性=8~11F

結合のよさから、好調期の粘りは期待できるが、スタミナや底力という面では、ディープよりも劣ることは明らかである。有馬記念でディープを破ったのは、展開の有利さと鞍上ルメール騎手の好騎乗による勝利、と見たほうが妥当だろう。

▸ハーツクライ分析表

(以下羽鳥昴補足・ディープインパクトはその後、ジェンティルドンナ(G1ジャパンC、G1ドバイシーマクラシック他)、サトノダイヤモンド(G1菊花賞、G1有馬記念)、グランアレグリア(G1スプリンターズS、G1マイルCS他)、キズナ(G1ダービー)、フィエールマン(G1天皇賞・春、G1菊花賞)など、多数のG1馬を輩出、長らく日本のリーディングサイアー1位の座に就いた。そして、2019年7月頚椎骨折が原因の起立不全により17歳で惜しまれながら没。晩年の産駒からも、ラヴズオンリーユー(G1BCフィリー&メアターフ、G1香港C)、コントレイル(牡馬三冠)、シャフリール(G1ダービー)などを輩出し、2020年生がラストクロップとなる。)

 

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