久米裕選定 日本の百名馬

ビワハヤヒデ

父:シャルード 母:パシフィカス 母の父:Northern Dancer
1990年生/牡/IK評価:3A級
主な勝ち鞍:G1菊花賞、G1天皇賞・春、G1宝塚記念

▸ 分析表

タマモクロス、オグリキャップ、そしてメジロマックイーンの出現によって、いつしか「芦毛伝説」などという表現が生まれ、それまでクラシックレースとは縁の薄かった芦毛馬のめざましい活躍が見られたのが、平成元年頃の競馬。そして、平成4年秋の天皇賞を目前にして、骨折リタイヤしたメジロマックイーンを最後に、その芦毛旋風も去ったかに思われた。

しかし、そのマックイーンが引退する約1カ月前の9月、阪神の新馬戦で、ビワハヤヒデがデビュー戦を飾っていた。このレースでは、ニホンピロスコアーが、ニホンピロブレイブの弟としての血統上の魅力から、1番人気に推され、単勝オッズは1.8倍。

それに対し、ビワハヤヒデのほうは、直前の調教のよさが見込まれて、単勝2番人気にはなったが、6.9倍と、ニホンピロスコアーには人気で大きく水をあけられていた。それもそのはずで、ビワハヤヒデの父シャルードは、未知の種牡馬であり、母パシフィカスも、自身の成績や海外に残した産駒に、これといって見るべきものがあったわけではない。血統上でいえば、母の父がNorthern Dancerというのが、唯一のセールスポイントになった程度。

しかし、こうしてマックイーンの後を継ぐ芦毛馬として、ビワハヤヒデが登場し、新馬戦を大差勝ちして、シンザン(デビューから19連対)に次ぐ、デビュー後15連対という記録への挑戦がスタートしたのである。

《競走成績》
2~4歳時に、16戦10勝。主な勝ち鞍は、菊花賞(GⅠ=3000m)、天皇賞・春(GⅠ・芝3200m)、宝塚記念(GⅠ=芝2200m)、京都記念(GⅡ=芝2200m)、神戸新聞杯(GⅡ=芝2000m)、デイリー杯3歳S(GⅡ=1400m)、オールカマー〈GⅢ=芝2200m)。2着は、日本ダービー(GⅠ=芝2400m)、皐月賞(GⅠ=芝2000m)、有馬記念(GⅠ=芝2500m)、朝日杯3歳S(GⅠ=1600m)。

《種牡馬成績》
1997年から供用されたが、サンエムエックス、マイティスピードなどを出した程度。

父シャルードは、1983年アメリカ産だが、競走はイギリス、アイルランド、フランス、アメリカで走り、18戦7勝。勝利レースの距離は6~9.5F。GⅠ勝ちはないが、アーリントン・ミリオンC3着、クリスタルマイル2着、愛2,000ギニー3着、英2,000ギニー4着と、マイル戦ではそこそこ善戦していた。

自身の血統構成は、Nasrullahの4×4の系列ぐるみのリードで、父内Grey Sovereign、母内Fleet Nasrullahと、まずスピードを強調したことが読み取れる。しかし、同時に、Solarioも4×6と強い影響力を示し、スタミナを補給している。その他では、Man o’WarやBlack Toneyをクロスさせて、Relicのスピードを加え、GⅠマイル戦での善戦を裏づけられるだけの内容を確保している。

しかし、Hurry Onの世代ずれ、Solarioの位置、母内Tale of Two CitiesやMasked Ladyとの連動や生かしかたなど、上位を狙うには万全な状態とはいえない。戦績が示す通り、二流のマイラーの血統構成と位置づけられる。

▸ シャルード分析表

8項目評価は以下の通り。 
 ①=○、②=△、③=□、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=6~9F

種牡馬としての実績は、海外においても重賞の勝ち馬はなく、日本でも94年に83頭の種付けが行われているが、これといった産駒にめぐまれていない。ちなみに、パシフィカスとは、95年の種付けを予定していたが、残念ながら、シャルードは95年の種付け前に、腸捻転で死亡してしまったために、全兄弟の誕生は実現しなかった。

母パシフィカスについては、ナリタブライアンのときに解説しているが、戦績は11戦2勝。血統評価は以下の通り。

 ①=□、②=△、③=□、④=○、⑤=△、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=~9F~

構成されている血の質が高い割りには、その競走成績の通り、内容は凡庸なものであった。パシフィカスについては、海外に残した産駒に目立った活躍馬は出ていなかったが、ここでは、その産駒についての分析表を掲載し、不振の原因について、血統上の検証を簡単に行っておきたい。

《産駒》
●Philosophis(セン馬 父High Top) 1986年生
 英7戦1勝

▸Philosophis分析表

●Luks Akura(セン馬 父Dominion) 1987年生
 英46戦3勝

▸Luks Akura分析表

●Tahitian(セン馬 父Precocious)  1988年生
 英24戦3勝 

▸Tahitian分析表

これらの馬については、あえて8項目評価はしないが、よい順に並べれば、①Tahitian、②Philosophis、③Luks Akuraとなり、およそ2B~1B級のレベル。いずれも、父内には弱点・欠陥の派生はなく、その結果、未勝利には終わっていない。

そこで、いずれの馬の分析表上でも、もっとも影響度の強い母の父Northern Dancer、および母の母内Damascusに着目していただきたい。この中では、Man o’ War、Fair Playといった血に代表される米系の血がクロスになれず、弱点を発生していることがわかるはず。

つまり、これによって、米系のスピードは再現されることなく、母のよさが半減してしまっているのである。影響の強い血であればあるほど、その中に発生した弱点や欠陥は、より大きな能力減の要因になる。

この3頭は、Northern Dancer、Damascusの不備が、能力形成における致命傷となっていたのである。しかし、イギリスにおける交配が、たまたまパシフィカスに合わなかっただけで、パシフィカス自体は、決して悪い繁殖牝馬ではなかった。それを安い価格で購入できたことは、何より幸運だったといえよう。また、このことからも、サラブレッドの発祥国イギリスといえども、確立された配合理念があるわけではなく、偶然に頼った交配が行われていることが、容易に想像できる。

こうした父母の間に生まれたのがビワハヤヒデだが、前記3頭との比較で、Northern Dancer内米系の血に着目しながら、分析表を検討すれば、その優劣が解りやすいと思う。

まずビワハヤヒデの中で、最初に発生するクロスは、Nearcoの6・6・6×4・6で、この血は祖父母4頭すべての中に含まれている。その父Pharosは、父方Caro内Comeronianの父として7代目、母内ではPacific Princesの7代目と8代目に配されている。次のPhalarisは、父方でTale of Two Citiesのの8代目、母内では、Northern DancerおよびDamascusの8代目といった具合に、絶妙な位置に配されて、系列ぐるみのクロスを形成している。

パシフィカスには、Nasrullahを含まれず、シャルードには、Hyperionが含まれていない。そして、Nearcoの母Nogaraが、フォルティノ内に配されてクロスとなり、母系も系列ぐるみとなっている。そのために、Nearcoの主導の形態がじつに鮮明に打ち出されていることが、まず確認できる。

つぎに、影響度数字に換算される6代目のクロス馬を上から順に検証していくと、まずWar Relicが系列となり、Rock Sand-SainfoinでNearco内のSainfoinと結合してスピードを補給。Hurry Onも、Sainfoinを通じてNearcoおよびWar Relicとも結合し、こちらはスタミナを補給。つぎにGainsboroughは、St.Simon、Hamptonによって主導と結合し、スタミナを補給。

母方に移ると、Mahmoudは、BlenheimとGainsboroughを包含し、すぐに一体となって、主導と結合している。そのため、クロス馬総数は63と表記されているが、結合完了状態では、40台のクロス馬ですんでおり、強固な結合を果たしている。

つぎに、もっとも影響度の強いNorthern Dancer内の状態で、前述した3頭との顕著な差は、Native Dancer内のクロス馬を見れば確認できる。具体的なクロス馬でいえば、Fair Play、Black Toney、Broomstick、Ben Brushといったアメリカ系の血が、すべて補正されていることがわかるはず。つまり、ビワハヤヒデには、サラブレッドの血統で能力減になる要因がまったくないのである。

そして、Damascus内ではTourbillon、Acropolis内ではClarissimusと、かくし味的なスタミナの血もクロスして、スタミナを提供している。ビワハヤヒデは、レースをこなすたびに、安定味や迫力を増し、成長していく様子が、実感として受け止められる馬だったが、その血統的な裏づけが、こうしたきめの細かいスタミナアシストによってなされていたのである。ここが、マルゼンスキー内に弱点を派生させていたウィニングチケットとの、3歳秋以降の力量の差となって現れた。その差とは、まさに血統・配合の優劣でもあったのである。

ビワハヤヒデの血統構成を、8項目で評価すると、以下のようになる。
 ①=◎、②=◎、③=○、④=○、⑤=◎、⑥=○、⑦=○、⑧=◎
 総合評価=3A級 距離適性=8~15F

シャルードの母方の血の質にやや問題は残るものの、その不備を補正した形態はじつに見事であり、シャールド内のクロス馬の状態は、これ以上望むべくもなく、直すべき箇所はひとつもない。まさに完璧な血統構成を示していた。

ちなみに、⑥の項目のクロス馬の種類が63と表記されたが、血の結合が完了した状態では、ほぼ40台ですむために、評価は○と判定した。

半弟のナリタブライアンが二冠を制した後の頃、暮れの有馬記念での「兄弟対決」の話題が、にわかに盛り上がってきた。しかし、ビワハヤヒデが天皇賞で故障を発生して、引退を余儀なくされたことで、兄弟によるGⅠ対決は実現しなかった。もしも、何らかの形で兄弟対決が実現していたとしたら、血統構成上からの判断は、以下のようになるだろう。

 ●8~10F  ビワハヤヒデ有利
 ●12F    両者互角
 ●15~16F  ナリタブライアン有利

両者の対決が見られなかったことは、かえすがえすも残念に思う。

Northern Dancer全開型として、理想的な血統構成を持っていたビワハヤヒデだが、残念ながら種牡馬としての実績面では、いまのところ伸び悩んでいることは周知の事実。この理由について考察すると、ビワハヤヒデ自身があまりにも完璧な血統構成馬だったことが、もっとも大きな理由かと思われる。

その中でも、ビワハヤヒデが、9代をもって血の結合を完了させる形態であったことが大きい。それはどういうことかといえば、IK理論上では、9代がクロス馬の遺伝効力の最終世代と検証されており、その範囲内で結合を完了させているか否かが、能力の分かれ目の大きなポイントになる。

とすれば、種牡馬になった場合、当然含まれる血の世代は1代後退することになる。すると、たとえば9代の位置で結合の要となり、土台構造を形成していたSt.Simonのような血が、種牡馬となった場合、10代以降に後退してしまうことになる。

ビワハヤヒデの血統では、シャルード内の血にそうした傾向が強く、とくに米系の血が連動しにくくなってしまう。それともうひとつ、ビワハヤヒデ自身のときにはクロスしなかったNasrullahの血が、ランダムな配合ではクロスとなる確率が高く、ビワハヤヒデの持っていた主導の明確性やシンプルな構造を、産駒が継承できなくなるといった現象も起こってくる。これらの理由によって、ビワハヤヒデは、当初から配合の難しい種牡馬と解説してきたが、いままでのところでは、その予測が的中してしまったようである。

ただし、今後の期待としては、ビワハヤヒデが種牡馬になった当初よりも、米系の血を持つ繁殖牝馬が浸透してきており、またサンデーサイレンスのような、Nasrullahを含まずにスピードを再現できる構造を持った繁殖が現れることも考えられるので、わずかに優駿生産の可能性は残されている。ちなみに、BMSサンデーサイレンスの繁殖牝馬は、交配に使える。夭折した弟のナリタブライアンのためにも、種牡馬としての使命を果たしてもらいたい。

 

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