テスコガビー
父:テスコボーイ 母:キタノリュウ 母の父:モンタヴァル
1972年生/牝/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:桜花賞、オークス
テスコガビーのデビューは1974年(昭和49年)の9月、前評判通り、2着に7馬身差をつけて圧勝している。これを含め、3歳時(旧表記)の成績は、3戦3勝。4歳になって、初戦の京成杯を制した後、今度は牡馬で快進撃を続けていたカブラヤオーと、東京4歳Sで対決することになった。そこで、テスコガビーは、カブラヤオーに首差及ばず、初めての敗戦を味わう。しかし、勝ったカブラヤオーのほうは、その後、皐月賞、ダービーの二冠を制するわけで、テスコガビーのたぐいまれなスピードは、牡馬と互角に渡り合えることを証明したといえる。
当時の種牡馬は、ヒンドスタン、ガーサント、チャイナロックなど、欧州のスタミナ系の種牡馬が主流を占め、その中から’70年頃にネヴァービートとパーソロンが台頭してくる。とくに牝馬では、パーソロン産駒が大活躍していた。これに対し、Princely Gift系のテスコボーイは、少し遅れて輸入されたが、初年度産駒のランドプリンスが皐月賞を制し、2年目にはキタノカチドキが皐月賞と菊花賞を制した。これで、テスコボーイの種牡馬としての人気はさらに高まり、3年後に登場するテスコガビーによって、その地位は不動のものとなった。
テスコガビーは、カブラヤオーに敗れた後も、順調に桜花賞に駒を進め、1番人気に支持された。レースは、スタートから、テスコガビーだけが別次元のスピードで先頭に立つと、直線でもさらに差を広げ、楽々の桜花賞レコード勝ち(1分34秒9)。2着馬には1秒7の大差をつけた。まさに、日本競馬のスピード化時代の幕開けともいえる衝撃的なレースであった。この桜花賞レコードは、1991年に、シスタートウショウが1分33秒8を記録するまで、16年間破られることがなかった。現在でも、1分34秒台というのは、桜花賞の平均的な勝ち時計となっている。
テスコガビーは、続くサンスポ賞4歳牝馬特別で、不可解な敗戦(3着、1着はトウホーパール)を喫するが、本番のオークスでは、再び他馬を寄せつけず、2着に7馬身差をつけて圧勝し、牝馬二冠を達成する。ちなみに鞍上の菅原泰夫騎手(現調教師)は、牡馬でも、カブラヤオーに騎乗して、いずれも逃げ切りで皐月賞、ダービーを制し、春の4歳四冠を独占している。
テスコガビーは、オークスの後に、脚部不安を発症させて休養に入る。11カ月後の5歳の春に復帰したものの、以前のスピードを発揮することはできず、6着に敗れ、再び休養。そして、6歳の1月、調教中に心臓マヒを起こして急死、産駒に夢を託することもなく、競走生活を終えた。
《競走成績》
3~5歳時に、10戦7勝。主な勝ち鞍は、桜花賞(芝1,600m)、オークス(芝2,400m)、京成杯(芝1,200)、阪神4歳牝馬特別(芝1,200m)など。
父テスコボーイは、英国産で、4歳時のみに出走して11戦5勝。いわゆる上級レース勝ちはないが、日本でいうところの特別レースレベルを勝っている。その勝ち鞍すべてが8Fという、個性的なマイラー資質を備えていた。日本には、1967年に輸入され、翌68年から供用。主な産駒は、テスコガビーの他にも、トウショウボーイ(皐月賞、有馬記念、宝塚記念、神戸新聞杯、京都新聞杯、高松宮杯)、キタノカチドキ(皐月賞、菊花賞、阪神3歳S、京都新聞杯、スプリングS)、インターグシケン(菊花賞、NHK杯)、ランドプリンス(皐月賞)、オヤマテスコ(桜花賞)、ホースメンテスコ(桜花賞)、ホクトボーイ(天皇賞、阪神大賞典、京都記念)、アグネステスコ(エリザベス女王杯、神戸新聞杯)、サクラユタカオー(大阪杯、共同通信杯4歳S、毎日王冠、天皇賞・秋)、ウェスタンダッシュ(金杯、京成杯)、ハギノカムイオー(宝塚記念、髙松宮杯、スプリングS、神戸新聞杯、スワンS)など、十指に余るステークスウイナーを輩出し、日本の競馬史における一時代を築いた。
テスコボーイ自身の配合は、Chaucerの6・6×4の系列ぐるみを主導にまとまりを示し、決して悪い内容ではない。しかし、父内では、Pharos、Blandford、The Tetrarch、母内ではGainsborough、Hurry Onなどを生かせず、特徴的なスピード・スタミナを再現しているわけではないので、これぞという個性を欠いていたことも事実。マイラーとして堅実性を示したものの、上級レベルの壁を突き破れなかったのも、そのあたりに要因がありそう。
母キタノリュウは、1勝馬で、目立った活躍はなし。その母系は、明治40年に小岩井農場が輸入した、6代前のキーンドラーにさかのぼる。この年は、他にもビューチフルドリーマー、アストニシメント、フラストレート、フローリスカップといった馬たちが輸入されて、その後日本の基礎牝系として根付いていったが、その中では、キーンドラーのファミリーはあまり良績を残していなかった。
キタノリュウの配合は、Nearcoの4×4(中間断絶)を呼び水とする形態だが、当時はまだNearcoの血も多数派とはいえず、またThe Tetrarchのクロスもなく、スピード・スタミナとも中途半端な状態。そのかわり、父のモンタヴァルが、NasrullahとThe Tetrarchを含んでいる。そして、キタノリュウ自身が、Nearcoのクロスを持つ配合馬であったことは、当時の日本では珍しい形態であり、そのことがテスコガビーが出現する血統的要因の一つになったのである。
そうした父と母の血の流れを受けて誕生したテスコガビーの血統は、まずNasrullahの3×4のクロスがあり、これにNearcoの4×5・5、Pharos(=Fairway)の5・5×6・6・5が続いている。途中、Phalarisは断絶しているが、位置と数からして、系列ぐるみと同等の影響力を示し、主導を形成している。スタミナは、Blandfordの5・6×5・7から補給されているが、この血はSwynford、John o’Gauntが断絶して、勢力がやや弱い。そのかわり、Hurry Onの5×7が、Marcoの7×7・7・8・9を伴い、Sainfoinを通じて主導と直結し、スタミナを注入しており、テスコガビーの能力を形成する上で、重要な役割を果たしている。
つぎにスピードだが、これはThe Tetrarchが6・7×7の位置で、しっかりとNasrullahに直結している。さらに、Sunstarの7×7もSundridgeのクロスを伴いスピードをアシストしているので、Nasrullahのスピードは確固たるものになっている。このThe Tetrarchに裏づけされたNasrullahのクロスは、当時の日本においては、他の先駆けとなる配合の構造で、桜花賞で見せた次元の異なるスピードは、まさにこれらの血の再現だったのである。
ここで、もう一つ注目すべきことは、テスコボーイの父Princely Giftには、Nasrullah内のThe Tetrarchの他に、Blue Peter内にもThe Tetrarchの血が存在していることである。つまり、母キタノリュウ内のThe TetrarchもNasrullah内のそれなので、もしも父のBlue Peter内のThe Tetrarchの血がなければ、テスコガビーはThe Tetrarchのクロスを持つことはできなかったことになる。となれば、いくらNasrullahをクロスさせても、スピードの裏づけは弱くなり、結果としてスピードの量は半減してしまうことになる。テスコボーイの成功を皮切りに、その後日本には、ファバージを始めとしたPrincely Gift系と称される種牡馬がつぎつぎと導入されることになるわけだが、そのPrincely Gift系のスピードの鍵は、この2つのThe Tetrarchの血の存在にあったのである。
テスコガビーの血統を、8項目で評価すると以下のようになる。
①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=6~10F
オークスは制したものの、これは他馬のレベルと、微妙な馬場状態(稍重)が味方した結果と考えられ、本質は明らかにマイラー、というのがI理論から見たテスコガビーの評価になる。
テスコガビーの同期馬たちの血統にも簡単に触れておこう。桜花賞およびオークスの2、3着馬は以下の通り。
《桜花賞》
2着 ジョーケンプトン
3着 トウフクサカエ
《オークス》
2着 ソシアルトウショウ
3着 トウホーパール
■ジョーケンプトン(父ミシアーフ、母エスカイヤー)
①=□、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
総合評価=2B級 距離適性=9~11F
Pharosの5×4・5・6は中間断絶で、主導はプリメロ(=Harina)の4×4の系列ぐるみ。母系に話題のSeabiscuitを含む血統構成馬だが、全体の傾向としては欧州系のスタミナを主体とした内容で、スピードはPharosとLady Josephineから補給されていた。
■トウフクサカエ(父セントクレスピン、母テーシルダ)
①=□、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、 ⑦=□、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=9~12F
Pharosの4×5・6を呼び水として、Nearcoを強調。Gainsborough、Blandfordからスタミナをアシストし、明らかにスタミナ優位。全兄が天皇賞・春を制したタイテエムで、芝中長距離向き。
以上、桜花賞2、3着の両馬は、いずれもスタミナによさを示す血統構成で、逆にいえばスピードに不安をかかえるタイプであった。これならば、桜花賞におけるテスコガビーの大差勝ちも、血統上から納得できる。
■ソシアルトウショウ(父ヴェンチア、母ソシアルバターフライ)
①=△、②=△、③=□、④=○、⑤=△、⑥=□、 ⑦=□、⑧=□
総合評価=1B級 距離適性=9~10F
母系に配されている米系の血と、父ヴェンチアが呼応したことは、当時としては珍しい組み合わせで、配合上の評価はできるが、傾向としては、ムラ馬に観られる血統構成馬であった。
■トウホーパール(父ダイハード、母グランス)
①=□、②=△、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、 ⑦=□、⑧=□
総合評価=2B級 距離適性=9~10F
Nasrullahの3×3を呼び水とし、Mumtaz Mahal-The Tetrarchのスピードを備えたことは、テスコガビーと同様に、スピードという個性につながる。この個性によって、オークストライアルで、牝馬としては初めてテスコガビーに土をつける金星に結びついたと思われる。決してバランスのとれた配合ではないが、好調期の意外性を発揮する要素は、十分に読み取れる。
以上、オークスの2、3着馬は、決してバランスのよい配合ではないが、評価の割りには、キラリと光る部分も見いだすことができる。とはいうものの、いずれもGⅠを制しておかしくないほどの血統構成とはいえず、レベル的には中級という評価が妥当だろう。その意味では、テスコガビーのオークス圧勝も、当然の結果であったといえる。
最後に、テスコガビーは産駒を残すことができなかったが、その同血馬であるフジテスコを例にして、繁殖としての可能性がどうだっのかを、考察してみたい。
もしもテスコガビーが、無事に競走生活を終えて繁殖にあがることができたならば、良血期待ということで、当然、サイアーランキング上位の種牡馬との交配が実行されたはず。しかし、当時の上位馬は、テスコボーイ、ネヴァービート、ファバージ、フォルティノたちで、テスコボーイは別として、これらの馬とランダムに交配すると、近親度が強くバランスの悪い配合になりやすい。テスコガビーのよさは半減し、期待ほどの内容を持った産駒の出現率は低くなる。とすれば、近親度を弱めることに配合のポイントを置くか、あるいは1系統に絞って主導を明確にさせ、Lady JosephineやThe Tetrarchといったスピードを確実に引き出すことのできる相手を求めることが、優駿生産の条件になるだろう。
その条件を満たした1つの例として、決して一流馬ではないが、東京新聞杯を制したフジアドミラブル(4勝)という馬がいたので、紹介しておきたい。母フジテスコは、テスコガビーの全姉。
■フジアドミラブル(父ファラモンド、母フジテスコ)
①=□、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=○
総合評価=3B級 距離適性=9~11F
主導は、Umidwarの4×5の系列ぐるみで、Rabelaisのスタミナをアシスト。スピードはThe TetrarchとLady Josephineをしっかりとクロスさせ、主導に直結している。Nasrullahのクロスをつくらず、バランスを整えたことが、この配合のポイント。こうした発想は、配合の際にも欠かせない要件であり、これと類似したパターンで成功したのが、ダービー馬アイネスフウジンである。
アイネスフウジンの母は、テスコボーイとモンタヴァルの組み合わせで、テスコガビーとはよく似た血統構成の持ち主。そこで、もしもテスコガビーにシーホークという交配が実現していれば、アイネスフウジンと同等の血統構成馬をつくることも可能だったかもしれない。アイネスフウジンがダービーをレコード(2分25秒3)で逃げきったことも、テスコガビーのイメージとオーバーラップするものがある。
■アイネスフウジン(父シーホーク、母テスコパール)
①=□、②=○、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、 ⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=8~12F