タケホープ
父:インディアナ 母:ハヤフブキ 母の父:タリヤートス
1970年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:ダービー、菊花賞、天皇賞・春
昭和48年。海の向うでは、あのセクレタリアトが、ベルモントSで2着馬に31馬身という驚異の大差をつけて勝利をおさめ、三冠馬に輝いた年。日本では、公営南関東から、あのハイセイコーが中央に移籍してきた。ともに、その強さ、勝ちっぷりから「怪物」と称された馬である。
それに対し、タケホープは、ハイセイコーの陰に隠れ、まったく地味な条件馬という存在であった。ダービーにも、その直前の中距離特別を勝って、ようやくすべり込みで出走権を得た。そのために、人気も9番人気。しかし、その晴舞台で、日本中を驚かせる結末の立役者になったのである。
夏を越したタケホープは、菊花賞に向かうが、トライアルの京都新聞杯を8着と惨敗(トーヨーチカラが勝ち、ハイセイコーは2着)。そのために、タケホープのダービー制覇はフロック視され、本番の菊花賞では、6番人気と低評価であった。
しかし、その本番で、再びハイセイコーとデッドヒートを演じ、ハナ差で勝利を得る。ここで初めてタケホープの実力が認められることになるが、同時に「国民的英雄」ハイセイコーの敵役というイメージも定着することになった。
古馬になって、4歳春の天皇賞で、またまたハイセイコーと顔を合わせたが、人気はハイセイコー1番人気で、タケホープは2番人気。結果は、スタミナに勝さるタケホープの勝利。2着は、前年の有馬記念馬ストロングエイトで、ハイセイコーは6着に沈んだ。そして、タケホープは、ダービー・菊花賞を制した馬で、初めて春の天皇賞馬となった。
《競走成績》
2歳時は7戦1勝。3歳時は7戦4勝。主な勝ち鞍は、ダービー(芝2,400m)、菊花賞(芝3,000m)、四歳中距離特別(旧表記、芝2,000m)。4歳時は5戦2勝。天皇賞・春(芝3,200m)、アルゼンチンJCC(芝2,400m)。3着は有馬記念(1着タニノチカラ、中山記念(1着ハイセイコー)。通算成績は19戦7勝。
《種牡馬成績》
ミナガワローレルがOP東スポ杯を制した程度で、これといった活躍馬は出していない。
父インディアナはイギリス産で、競走成績は、英仏で走り、13戦4勝。セントレジャーを制し、英ダービーはSanta Clausの2着。長距離のスペシャリストとして活躍した。1966年に英国で種牡馬となり、翌67年から日本で供用。代表産駒には、タケホープの他、天皇賞・春、目黒記念、セントライト記念を制したベルワイド、日経新春杯、京阪杯、京都記念を制したイーストリバーなどがいる。自身の実績同様、主にステイヤータイプの産駒を出した。
インディアナの父Sayajiraoも、セントレジャー、愛ダービーなど長距離で活躍。全兄弟にはDanteがいる。現代の種牡馬では、ラストタイクーンの母方4代目に配されている。
インディアナ自身の血統構成は、まずSt. Frusquinの5×5・5の系列ぐるみが主導となり、次いでBay Ronaldの5×5(系列ぐるみ)、Amphionの5×5(中間断絶)が続き、BMSのSolarioを強調し、父内でもスタミナのDark Ronaldの血を引くDark Legendといった具合に、自身の実績通り、完全なスタミナ優位の形態を示している。 といっても、スピードも、Nearco系や、Sundridge、Tetratemaが配されていて、要素としてないわけではない。しかし、これらの血は、いずれもクロスになれなかった。
St.Frusquin主導といえば、日本では、牝馬ながらダービーを制したクリフジがいる。両者を比較すると、主導の明確性や結合という点で、クリフジのほうが、インディアナよりも数段すぐれていた。
インディアナの血統構成を、8項目で評価すると以下のようになる。
①=□、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=3B級 距離適性=10~15F
BMSのタリヤートスは、アイルランド産で、9戦1勝と戦績的には見どころは少ない。しかし、その父Tulyarがダービー、セントレジャー、キングジョージを制した名馬で、母Certosaがダービー馬Arctic Princeの全妹ということで、日本に輸入された。当時は、その血統的背景から、良血評価を受けていた。主な産駒には、エプソム(中京記念、スワンS)、スズボクサー(東京4歳S)、ホマレマツ(桜花賞2着)、そしてタケホープの母ハヤフブキ(31戦4勝、四歳牝馬S)などがいる。
母ハヤフブキには、タケホープの1歳上に、オークス馬タケフブキを出している。ハヤフブキの血統構成は、いまではごく当たり前の内容で、けっして上級クラスのものではない。しかし、当時の日本では、Nearcoの系列ぐるみのクロスを持った配合はまだまだ少なく、その意味では、いわば先駆的存在であった。そして、このNearco主導と、プリメロの単一クロスの配置が、タケフブキ、タケホープを出す血統の伏線となっているのである。
こうした父母の間に生まれたのがタケホープである。同馬の血統は、5代以内クロスとしては、Nearcoの3×5・5・5があるが、これは世代ずれのためPharosが断絶している。この世代ずれは、Nearco系にとどまらず、SolarioやDark Ronaldなど、他の血にも及んでいる。
といっても、この世代ずれによって、祖父母4頭の影響度バランスが崩れたり、弱点や欠陥が派生しているわけではない。むしろ、結果としては、祖父母4頭の影響度バランスが整い、St.Simon-Galopinの土台構造や結合もしっかりすることになった。クロス馬の種類も32とたいへん少なく、シンプルにまとめられている。したがって、タケホープの場合の世代ずれは、大きな能力低下の要素にはならなったと推測できる。
ただし、こうした推測ができるのも、タケホープがダービー・菊花賞・天皇賞と実績を残したがためで、もしも配合時点で、この血統構成の産駒をつくることを推奨できるかと問われれば、答えはおそらく「ノー」ということになるだろう。実験的にこうした配合を実行したい気持ちはあっても、確率や安全性ということを考慮すれば、やはり難しい配合と言わざるをえない。
とはいえ、このタケホープの出現は、IK理論における「世代ずれ」という概念の妥当性を示した実証例として、その意義は大きいと思う。つまり、もしも、PharosやSolarioがクロスとなって効果を発揮してしまったならば、Nearcoは近親度が強くなりすぎてしまう。また、Solarioが3代目でクロスすれば、主導がNearcoなのかSolarioなのか、どちらともいえない状態になって明確性は失われるし、祖父母4頭の影響度バランスも極端に崩れてしまうはずである。となると、それこそ勝ち上がれるかどうかという問題にまで至る状況となるだろう。
このことからも、「同一の血が、父母間で2世代以上空いた場合には、クロス馬としての効果を発揮することは極めて少ないか、あるいはない」と見るIK理論の見解は、正当性を持ちえていることになる。
とすると、タケホープはNearcoの3×5・5・5の中間断絶クロスを呼び水にして、祖父母4頭の中でもっとも血の質の高いSayajiraoを強調した形態となる。Nearcoの血が動きだすと、その中に派生しているクロス馬がすべて連動するという、強固な結合状態を保ち、別紙クロス馬集計表が示すように、St.Simon(30個)の土台構造は、じつにみごとである。その上で、強調されたSayajiraoが全開し、ステイヤーとしての資質を備えたことが、長距離レースにおけるタケホープの強さの秘密だったのである。
8項目評価は以下の通り。
①=□、②=△、③=◎、④=○、⑤=○、⑥=○、⑦=○、⑧=□
総合評価=1A級 距離適性=9~15F
タケホープは、ここ一番というときに強さを発揮した反面、トライアルレースなどはふがいない負けかたをする馬でもあった。この理由として考えられるとこは、まず、系列ぐるみになって、全体をしっかりとリードする主導勢力が不足していたこと、そして、スタミナに対してスピード勢力が弱かったことなどがあげられる。この点では、ライバルであったハイセイコーとは非常に対照的であり、血統構成にもその差が如実に現れていた。
ハイセイコー、タケホープの好ライバルの陰に隠れて、脇役的存在だった馬にイチフジイサミがいる。ダービーでは、ハイセイコーに先着して2着、皐月賞も4着、菊花賞は3着と、つねに善戦していたのだが、いつも地味な扱いを受けていた。
当時、寺山修司が同馬のことを、「サラリーマンで言えば、万年課長みたいなタイプ」と称していた。2歳の夏にデビューし、2歳時には10戦して勝ちなし。初勝利が、何と11戦目という遅咲き。重賞勝ちは、日本短波賞とオールカマー。そして、念願のクラシックを制したのが、36戦目の春の天皇賞。1番人気のキタノカチドキを破り、初めて主役の座に躍り出た。まさに叩き上げの勤労者タイプの馬である。
その血統構成は、Fairwayの系列ぐるみを主導に、Hurry On、Gainsborough、Swynford、Speamintと、いずれもスタミナ系の血がこれをアシストしている。スタミナ要素だけならば、タケホープ以上である。これを見れば、その戦績(41戦7勝)も納得できる。つまり、レースを使われ続けることで、自らに備わったいる素質を開花させていったのであろう。現代ならば、「スピード不足」のレッテルを貼られ、未勝利のまま引退させられてもおかしくない内容である。
同馬の8項目評価は以下の通り。
①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=9~16F
当時の馬は、タケホープ、ハイセイコーも含め、現代の馬に比べると、かなり丈夫であった。その一因は、やはりスタミナが豊富であったこととみて、まず間違いはない。タケホープもイチフジイサミも、以後のスピード化の趨勢について行けず、残念ながら、種牡馬としては実績を残せないまま終わっている。
しかし、イチフジイサミの父のオンリーフォアライフなどは、現代の種牡馬トニービン、ホリスキーなどの中に含まれて、スタミナの伝え手として、きっちりと役割を果たしている。それからいえば、現代の馬の血統内に、日本のステイヤーの中は、まず見ることができない。もっと自国の血を育んでいきたいものである。
最後に、先述した姉タケフブキの血統にも触れておこう。同馬は、父がパーソロンで、2,400mのオークスを制している。当時、パーソロンは、My Babu-Milesianの血を受け継ぐマイラー種牡馬と考えられていた。そのため、タケフブキも、戦前には、距離を不安視する向きもあったが、同じ父を持つメジロアサマが秋の天皇賞(3,200m)を制していたことから、ペース次第では距離克服も可能と見られていた。
しかし、血統分析表を検証してみれば、タケフブキは、プリメロ(=Harina=Avena)の系列ぐるみを主導として、母系にスタミナを注入したステイヤーである。Pharisの父Pharosを生かすなど、明らかに長距離型の血統構成であったことがわかる。そして、パーソロンがNearcoの血を持っていなかったことも、主導を明確にする上でつごうがよかったといえよう。
同じ母を持つ姉弟の関係で長距離型配合といっても、内容はまったく異なり、弟が次世代の先駆けともいえるNearcoのクロスを生かした血統構成馬だったのに対し、姉は日本の古典的スタイルの血統構成馬だったのである。
タケフブキの8項目評価は以下のようになる。
①=□、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=9~12F