久米裕選定 日本の百名馬

カツラギエース

父:ボイズィーボーイ 母:タニノベンチャ 母の父:ヴェンチア
1980年生/牡/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:G1ジャパンC、G1宝塚記念

▸ 分析表

1981年(昭和56年)、東京競馬場で第1回ジャパンカップ競走が行われた。日本からは、モンテプリンス、ホウヨウボーイなど、当時のトップホースが出走したが、海外からはまだ、いわゆる一流馬の参戦はなかった。それでも、結果は、アメリカのメアジードーツが優勝し、時計も従来のレコードを1秒短縮する2分25秒3、4着までを外国馬が独占した。日本勢では、ゴールドスペンサーの5着が最高位で、掲示板を確保するのが精一杯であった。翌日の新聞の活字も、「昭和の黒船来る」の文字が踊り、この力量差を埋めるには、今後10年以上かかるだろうという評論もあった。それは、日本の競馬界が受けた衝撃の大きさを表していた。

しかし、日本勢の台頭は予想以上に早く、その2年後には、キョウエイプロミスがスタネーラの頭差2着と善戦し、さらにつぎの第4回JC(1984年)で、カツラギエースが堂々と逃げ切り勝ちを演じて、日本初のJC馬の栄誉に輝いている。このときの出走馬は、日本からはシンボリルドルフ、ミスターシービーという2頭の三冠馬。イギリスからは11戦9勝で4連勝中のベッドタイム、フランスから前年のJCで3着と好走したエスプリデュノール。さらに凱旋門賞5着、ワシントンDC3着と世界のレースで好走したオーストラリアのストロベリーロード(鞍上には世界の名手レスター・ピゴット)、イタリア・ダービー馬ウェルノール(キャッシュ・アスムッセン)、アメリカからはターフで活躍していたマジェスティーズプリンスとウインが参戦してきた。その意味では、このレースは、馬だけでなく、騎手も世界の一流といわれるメンバーが顔を揃えていた。

人気は、1番人気がミスターシービー、2番人気ベッドタイム、3番人気マジェスティーズプリンス、そしてシンボリルドルフは、菊花賞から中2週で、4歳馬ということもあって4番人気。カツラギエースにいたっては、14頭中10番人気と、まったくの人気薄であった。

レースは、スタートからカツラギエースが先頭に立ち、1,000mの通過が1分01秒6というスローペース。人気のベッドタイムとルドルフが好位を進み、ミスターシービーは最後方から。ストロベリーロードが中団で、名手ピゴットが手綱を抑えたことから、有力馬は互いに牽制し合う。カツラギエースは、それまでの実績や血統評価から、逃げてもいつでもとらえられると思われ、ノーマークの状態でレースを進めることができた。

そして、スタミナを温存したカツラギエースは、直線でも脚色が衰えることなく、上がり35秒5の脚を使い、2着のベッドタイムに1馬身1/2差をつけて、みごとに逃げ切り勝ちを収めた。3着にはシンボリルドルフ。ミスターシービーは、末脚不発で、良いところなく10着に沈む。

《競走成績》
3~5歳時に、22戦10勝。主な勝ち鞍は、ジャパンカップ(GⅠ・芝2,400m)、宝塚記念(GⅠ・芝2,200m)、サンケイ大阪杯(GⅡ・芝2,000m)、毎日王冠(GⅡ・芝1,800m)、京阪杯(GⅢ・芝2,000m)、NHK杯(芝2,000m)、京都新聞杯(芝2,000m)など。なお、NHK杯と京都新聞杯は、4歳時のもので、まだレースの格付けがされていなかった。

《種牡馬成績》
 中央では、ヤマニンマリーン(4歳牝馬特別・東)、グローバルエース(京都新聞杯2着)、エスケーローズ(小倉3歳S4着)、サバンナロジェ(3歳牝馬S4着)、スズトレッサーなど。公営では、ヒカリカツオーヒ(ロジータ記念)、アポロピンク(東京ダービー、東京3歳優駿牝馬3着)など。

父ボイズィーボーイは英国産で、レースは英仏で走り28戦9勝。一流馬とはいえないが、ムーランドロンシャン賞2着の実績を持ち、日本でいえば準オープンクラスのマイラーといった位置づけになる。母のRising Hopeは、日本の種牡馬として実績を残したライジングフレームの全妹にあたる。その母とPrincely Gift系の種牡馬King’s Troopの産駒なので、まさに日本向きの血と期待されて、1978年に種牡馬として輸入された。

ボイズィーボーイ自身は、Nearcoの4×3を主導として、母の母Admirableを強調したタイプ。Sunstar-Sundridge、Friar Marcusのスピードに、Hurry Onのスタミナを補給。ひと時代前の欧州系の競走馬に多く見られる血統構成の持ち主であった。なかなかよくまとまった内容だが、父の持つThe TetrarchやBlandford系がクロスにならず、上級クラスのレースでひと息決め手不足に終わったのも、こうした不備があったためと思われる。Princely Gift系にライジングフレームの全妹ということで、種牡馬として期待されたが、日本では、カツラギエースのほかには、アサヒエンジェル(クイーンC3着)、コバシマカイジン(AJCC4着)など、オープン下位レベルの馬は出したものの、1980年に死亡したため、産駒は2世代しか残していない。

母タニノベンチャは、皐月賞4着の実績を持つタニノモスボローの半妹にあたり、競走成績は1勝しかあげていない。しかし、自身の血統構成は、Eastonの4×4(中間断絶)を呼び水に、Phalarisの5・6×6の系列ぐるみで全体をリード。The Tetrarchの6×6・6のスピードに、Bayardoの6×6の系列ぐるみでスタミナをアシストしている。血統構成だけなら、10Fの距離克服も可能な準オープン級の内容を確保している。そうした父と母の間に生まれたカツラギエース。

カツラギエースの血統では、まず前面でクロスしているのが、Pharosの5・6・6・6×5で、祖母内7代目Phalaris、Polymelusが続き、系列ぐるみを形成し、主導となっている。つぎに、Blandfordの6×5もほぼ系列ぐるみとなり、Canterbury Pilgrim、St.Simonで主導と結合を果たし、Umidwarのスタミナを補給。さらに、この時代では珍しく、Teddyの6×7が系列ぐるみとなり、Hamptonで主導と結合、これもスタミナ勢力として、能力形成に参加している。

つぎにスピード面では、これは父ボイズィーボーイ自身がクロスにできなかったMumtaz Mahalが6×6で生き、それにThe Tetrarchの7・8・8×7・7・7が加わり、Bona Vista、Sainfoinによって主導と結合して、能力参加を果たしている。比率としては、スピード対スタミナが4:6の割合で、ややスタミナ優位の内容、中距離タイプといえるだろう。

父がマイラーで、BMSのヴェンチアもマイラーということから、当時の血統論では、このカツラギエースも明らかなマイラーという位置づけであった。しかし、Princely Gift系といっても、NasrullahやNearcoはクロスにならず、BlandfordやTeddyなどのスタミナに裏づけられたスピードを持っており、⑤④④④という絶妙のバランスを保っている。以上を8項目に照らして評価すると以下のようになる。

 ①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~11F

父内のHurry On、母内Djebelの持つKsar、Gay Crusaderなどをしっかりと押さえていれば、もう一段レベルアップした血統構成を望むことができた。しかし、日本の馬場を考えると、かえってこの程度のスタミナ比率のほうが、仕上げやすく、結果が出やすいという傾向があることも事実である。

カツラギエースとは、まさにそうした日本的な配合馬で、本番における頼りなさを残し(前走の天皇賞で5着)、それがかえって相手の油断を誘い、JCにおけるノーマークの展開に結びついたとも考えられる。とはいえ、決して底力を秘めた上級レベルではないが、配合の妙ともいえる個性的な血統構成の持ち主であったことも確か。

つぎに、種牡馬としてのカツラギエースの特性を検証してみよう。当時の日本は、まだまだ欧州系の血が主流で、「良血」と評される繁殖牝馬も、欧州系で実績を持つ馬が優遇されていた。そのため、母方に米系のヴェンチアを含むカツラギエースは、良血と評される欧州系主体の牝馬との交配で、中央に使われる馬とは相性が悪く、中央では一流と評されるオープン馬が少なかった。それに対し、公営では、天皇賞馬ヒカルタカイを出したリンボーが大事に継承され、公営血統として人気を得ていた。リンボーは、Man o’War系の種牡馬で、これがカツラギエースの持つヴェンチアと呼応して、公営に上級馬を出現させることになった。その代表が、「女傑」と評されたヒカリカツオーヒと、牝馬ながら東京ダービーを制したアポロピンクなのである。ともにリンボーの持つMan o’Warが、ヴェンチアを生かす上で、うまく活用されている点に注目して、分析表で検証していただきたい。

■ヒカリカツオーヒ
 ①=○、②=□、③=□、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=8~11F

▸ ヒカリカツオーヒ分析表

■アポロピンク
 ①=□、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=○
 総合評価=2B級 距離適性=9~11F

▸ アポロピンク分析表

中央では、これぞという目立つ活躍馬はいなかったが、スズパレード(父ソルティンゴ)の半妹スズドレッサーの配合を紹介しておきたい。この馬につていは、ヴェンチアの生かしかたは万全ではないが、Umidwar、Vatoutにより、ヒンドスタンのスタミナを核として再現、BMSロムルス内のRibotもキーホースが押さえられて、能力形成に参加している。スピードもTetratemaの系列ぐるみに、Lady Josephine、Sunstarと、みごとなバランスを保ち、血統構成はオープン級。8項目評価は以下の通り、

 ①=○、②=□、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=1A級 距離適性=8~12F

スピードとスタミナを兼備し、まさに隠れた名馬の配合を示す内容であった。

▸ スズドレッサー分析表

カツラギエースは、市場取引で710万円で落札された、いわゆる○市(マルイチ)馬で、しかも最初の上場(特別市場)では「主取り」(売れずに生産者が引き取ること)になったように、一般的な血統評価は低い馬であった。しかし、I理論上では優秀な血統構成馬と評価でき、またJC制覇によって実績でもそれを実証して、血統のグレードが大幅にアップしたその結果、母タニノベンチャに、トウショウボーイが配され、モガミショーウンが誕生する。この馬の価格は、なんと3億5,000万円であった。この馬についても分析表を掲載しておくので参照されたい。

同じタニノベンチャ産駒でも、カツラギエースのようなシンプルさを失い、強調されたヴェンチア内にMan o’Warの不備があるほか、異なるクロス馬が並んで、何を強調したいのかまったくわからない状態になっている。8項目に照らすまでもなく、ひと目で1B級レベルと判断できるだろう。結果は、6戦0勝で、後に種牡馬となったが、ここでも結果は残せなかった。まさに、血統とは、人間の欲望とは次元の異なる世界にあることを示す好例であった。
カツラギエースは、牡馬にこれといった活躍馬を出せなかったために、残念ながら、父系としては継承されていない。そのかわり、BMSとしては、ヴェンチアの米系の血によって、現代の種牡馬たちに呼応することができ、そのスピード・スタミナを供給している。いまのところ、その代表格はラムタラ産駒として健闘しているタニノエタニティ(1A級)といえるだろう。一般的な評価はあまり高くないかもしれないが、構成されている血はNijinsky、Sea Bird、Graustark-Ribotと、一流のもので、最近さかんに輸入されている種牡馬よりも、よほどグレードの高い内容を持っていることは、特記しておきたい。

カツラギエースの同期といえば、なんといっても三冠馬ミスターシービーが筆頭だが、同馬についてはすでにこの「百名馬」で解説しているので、最後にJCに出走した主な外国馬たちについて触れておこう。

■ベッドタイム(Bedtime=セン馬・JC2着)
 JC出走時での戦績は11戦9勝。父Bustinoは、Blandford系の血を受け継ぐ貴重な種牡馬。GⅠの英セントレジャー、コロネーションCなどを制したステイヤーで、9戦5勝。Bedtimeは、Pharosの4×6・6・6・6・6は中間断絶だが、母内におけるクロスの数からして、ほぼ主導的な勢力を持つものと推測できる。これとほぼ同等に、Blenheimの5×6が系列ぐるみとなり、スタミナの核を形成。その他アシストしているのが、Gainsborough、Gay Crusader、Hurry Onなどで、父のイメージ通り、明らかにステイヤータイプの血統構成である。それでいて、日本の馬場で2分26秒5の2着は立派なもので、さすが本場の能力開花技能の高さを裏づける内容である。日本では、明らかに条件級に埋もれ、ダート1,400mの常連といったタイプと推測できる。

 ①=□、②=□、③=○、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=10~15F

▸ ベッドタイム分析表

■マジェスティーズプリンス(Majesty’s Prince・JC4着)
 米国馬で、JC出走時点での戦績は42戦12勝。Pharosの5×5・6の系列ぐるみを主導に、Nearco、El Grecoを強調した形態。その他、GainsboroughやRock Sand、Sardanapaleと、いずれもスタミナ系のアシストで、米国産といっても、内容的には欧州系中長距離タイプの配合を示している。

 ①=○、②=□、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=○
 総合評価=3B級 距離適性=9~12F

Tom Fool内の米系の血は完全には再現されず、全体の傾向としては、必ずしも万全とはいえない。そのかわり、結合のよさ、スタミナの質の高さは維持され、それがマンノウォーS(11F)など10F以上のGⅠレースで生かされている。JCでは中団から差して4着だったが、このスピード比率では、決め手勝負は不利といえよう。

▸ マジェスティーズプリンス分析表

■ストロベリーロード(Strawberry Road・JC7着)
豪州産。JC出走時の戦績は31戦14勝。

 ①=○、②=□、③=○、④=△、⑤=□、⑥=□、⑦=□、⑧=□
 総合評価=2B級 距離適性=9~11F

Nearco、Hyperionのリードで、オーソドックスな形態を示す。Son-in-Law、Traceryなど、欧州系のスタミナのアシストはよいが、父内の米系の血に不備をかかえ、スピード勢力はいまひとつ。ここが一流になりきれなかった要因と見ていいだろう。

▸ ストロベリーロード分析表

こうして見ると、カツラギエースの勝ったJCは、海外からの招待馬の血統構成が、一般評でいわれるほどの内容ではなく、むしろシンボリルドルフ(2A級)、ミスターシービー(2A級)のほうが、すぐれていたといえる。とすれば、スローペースにもち込み、シービーやルドルフの末脚さえ封じれば、カツラギエースの勝利があっても不思議ではなかったといえる。

 

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