ハイセイコー
父:チャイナロック 母:ハイユウ 母の父:カリム
1970年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:皐月賞、宝塚記念
南関東の大井から中央に転厩し、4歳クラシック戦線に参入、トライアル・本番とつねに上位で活躍したのが、今回とりあげるハイセイコーである。鼻筋の「白いメンコ」、名前の響き、そして「地方出身」という出自が判官贔屓の日本人の心をとらえて、競馬の大衆化を一気に進めた立役者でもある。また、主戦の増沢末夫騎手(現調教師)が、同馬の引退に際して歌った「さらばハイセイコー」のヒットなどもあって、「社会現象」を招いた馬でもあった。
《競走成績》3歳時は、公営6戦6勝。4〜5歳時は、中央で16戦7勝。主な勝ち鞍は、皐月賞(芝2000m)、宝塚記念(芝2200m)、NHK杯(芝2000m)、スプリングS(芝1800m)、高松宮杯(芝2000m)、中山記念(芝1800m)。2着─菊花賞(優勝タケホープ)、3着─ダービー(優勝タケホープ)。
《種牡馬成績》代表産駒は、カツラノハイセイコ(日本ダービー、天皇賞)、ハクタイセイ(皐月賞・G1)、サンドピアリス(エリザベス女王杯・G1)、ケリーバッグ(2着─桜花賞・G1)、キングハイセイコー(東京ダービー・南関東)、アウトランセイコー(東京ダービー・南関東)など。
父チャイナロックは、1963年英国産で、1960年に輸入。競走成績は25戦7勝(ジョンポーターHなど)、11〜14Fの長い距離で実績を残したが、いわゆる一流馬とはいえず、輸入当初はさほど期待される種牡馬ではなかった。しかし、日本ではハイセイコーの他に、中央でタケシバオー(天皇賞、朝日杯)、アカネテンリュウ(菊花賞、セントライト記念)、メジロタイヨウ(天皇賞、目黒記念)、ツキサムホマレ(函館記念)、ホウシュウエイト(毎日杯)を出し、公営でもヤシマナショナル(東京大賞典、大井記念)、マルイチダイオー(大井記念、報知オールスターC)などを輩出し、1967〜1977年の10年余りの間、つねに種牡馬ランキングの上位に名を連ね(1973年はチャンピオンサイヤー)、日本の競馬に多大な貢献を果たしてきた。
母ハイユウは1961年生、南関東公営で3〜6歳時に57戦16勝をあげたが、クラスはC級。その父カリムは、日本にいち早く輸入されたNearcoの直仔で、母方にMumtaz MahalやThe Tetrarchを含み、スピードの伝え手として期待された。そして、現実に、桜花賞馬のタマミ、スプリンターズSを制したスズチハヤを出している。
そうした父母の間に生まれたのがハイセイコーだが、同馬はデビュー後、故障することがなく、南関東大井のダート戦では無敗。中央では、芝の重馬場で大差勝ちを演じたと思えば、宝塚記念ではレコード勝ちを収めるなど、2000m前後の距離では実に安定した走り、戦績を残した。その秘密を、配合面から探ってみよう。5代以内でクロスしているのはSon-in-Law(4×5)で、これはDark Ronald-Bay Ronaldと継続して、系列ぐるみのクロスを形成している。その他では、母内には5代以内のクロス馬はなく、父母の位置関係を確認すれば、やはりSon-in-Lawが全体をリードする明確な主導勢力であることがわかる。したがって、ハイセイコーの血統を考察する上では、この主導Son-in-Lawの特徴を押さえることがポイントになる。
Son-in-Lawは、1911年英国産。主な勝ち鞍のグッドウッドC(21F)、ジョッキークラブC(18F、2回)という実績が示す通り(8勝はすべて12F以上)、Alycidonが登場する以前は、「今世紀最高のステイヤー」という折り紙をつけられていた。また、種牡馬としても、FoxlawなどアスコットGC(GI・20F)馬を3頭出している。Son-in-Law自身は、発育がやや遅めだったが、生涯一度も風邪をひいたこともなく、丈夫な身体、丈夫な肺が自慢だったといわれれていた。ハイセイコーのデビュー以来故障知らずの走りも、まさしくこのSon-in-Lawの頑健さの影響を受け継いだに違いない。
ハイセイコーは、このステイヤーSon-in-Lawの影響を強く受けているにもかかわらず、その実績が9〜11Fの中距離に集中したのはなぜだろうか? その理由の第一は、影響力の強いRustom Pasha(父の母の父)が、その母系にFlying Orbを含み、10FのエクリプスSを制したように中距離馬であったこと。そして、影響度最優位の父の母May Wongの中で、スピードのFriar Marcus内Ciceroが能力形成に参加していること。さらに、BMSカリム内のスタミナ系Apelle、Sardanapaleがクロスになれず、カリムのスタミナ勢力が弱まってしまったためと考えられる。同時に、このカリム内の不備が、ハイセイコーの配合の限界にもつながり、前号で紹介したように、有馬記念でタニノチカラに5馬身差をつけられたことでも、それは証明されたことになる
とはいうものの、Son-in-Law主導の明確性や、St.Simon、Galopinはもちろんのこと、Bay Ronald-Hamptonと続く、スムーズな血の流れと結合の強さなどは見事なもので、人気を得るだけの妙味、内容は十分に備わっていた。それだけに、残念なことは、父チャイナロックがThe Tetrarchの血を含んでいなかったために、BMSカリム内のThe Tetrarchを生かすことができず、せっかくのスピード能力を半減させてしまった。その結果、平均ペースでの先行力を発揮できるFriar Marcusは生かせたものの、もうひとつ切れる脚が使えず、決め手を欠いてしまったことである。もしも、The Tetrarchの血が生きていれば、菊花賞でのタケホープとのデッドヒートでも、逆にハナ差勝ちをしていたかもしれない。つまり、競馬の勝敗、とくにハナ差勝負のようなレースでは、血統中に存在するほんの、一つのクロスの有る無しが、運命を左右することにもなるのである。こうしたことを思いめぐらせてみることができるのも、血統を知ることの楽しみの一つであると思う。
ハイセイコーの血統構成を、8項目でチェックすると、
①=◎、②=○、③=◎、④=□、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
評価は1A級、距離適性はまさしく実績通りの9〜11F(12Fはギリギリ)と判断できる。
ちなみに、ダービーは3着に負けているが、その通過タイムを見ると、前半1200m=1分12秒2、1600m=1分37秒4、1800m=1分49秒9で、当時としてはたいへんなハイペース。ハイセイコーは、人気の重圧から先行し、そうしたハイペースに巻き込まれたことも、末脚を失う要因として考えられ、ペース次第では勝ち負けできるスタミナは備わっていた──というのがI理論から見た判断である。ただし、やはり理想は、実績通りの2000m前後と見るべきだろう。
ハイセイコーは、つねに人気を背負いながら、惨敗は春の天皇賞程度で、故障もなく、タフに走り続けたわけだが、同じチャイナロック産駒でいえば、タケシバオーも、短距離から長距離(天皇賞)まで、そしてダート戦では60kgの斤量を背負って、東京の1700mを1分41秒9というレコードで走っている。さらに海外にも遠征し、ローレルワシントンDCにも2回出場(8着、7着)というタフネスぶりを発揮した。このタケシバオーも、ハイセイコー同様に、Son-in-Lawの4×5を持っている。ただし、Dark Ronaldは父母間で2世代の開きがあるので、中間断絶になる。そのかわり、Gainsboroughの4×6(中間断絶)ができ、両者はBay Ronald、Galopinで結合し、一体となる。ハイセイコーのような主導の明確性には欠けるものの、本来クロスになりにくいSantoi(仏ダービー馬)がクロスしたことによってスタミナを強化している。また、Orby-Orme の系列ぐるみによってスピードも確保した。短距離戦でも実績を残せた血統的要因は、まさしくこのOrbyの血によるものと考えられる。スタミナ面や、こうしたOrbyのスピードが生きたことでは、タケシバオーのほうがハイセイコーを上回り、実績面でも、天皇賞を制したことでスタミナの優秀性を証明した。しかし、主導の明確性、血の結合力、そしてシンプルかつ全体のバランスのよさということでは、ハイセイコーのほうが上位──というのが、理論上での両者の比較になる。とはいえ、Son-in-Lawの丈夫さが伝わったことなど、両者には共通点が多く、甲乙つけがたい存在といったほうがよいだろう。
ハイセイコーは、前述したように、ダービーで3着に敗れ、春の天皇賞でも6着と惨敗している。ところが、その仔カツラノハイセイコは、父の無念をみごとにはらした。 カツラノハイセイコの母コウイチスタアは、Son-in-Law、Dark Ronaldを含んでいないため、ハイセイコー内でのそのクロスは消滅している。この点でいえば、父とは異なる内容の馬に変身している。その影響は馬体にもあらわれ、ハイセイコーが500kgを超す雄大な馬格であったのに対し、カツラノハイセイコは440kg程度、むしろきゃしゃに見える馬であった。また、すぐに発熱をおこし、身体もあまり丈夫なほうではなかった。
ただし、配合上では、Son-in-Lawが欠けた代わりに、Hyperionが4×4の系列ぐるみのクロスになって、主導として全体をリード。したがって、ハイセイコー同様に、Bay Ronald-Hamptonの血の流れはしっかりと受け継がれている。この馬の血統上の注目点は、父のときに欠けていたThe Tetrarchがクロスになったこと、さらにOrby-Orme、Friar Marcus-Ciceroと、種類の異なるスピードの血をすべてよみがえらせたことであろう。母内の血の質は、タカクラヤマやトビザクラなどが含まれ、決して上質とはいえないものの、ハイセイコーとは絶妙の相性を示し、父の不足していたスタミナと、決め手になるスピードをみごとに再現している。それがダービーと天皇賞というビッグタイトルの制覇に結びついたことは間違いないだろう。そうしたドラマを、血の中で事例として確認できるのが、ハイセイコー、カツラノハイセイコ親子なのである。
カツラノハイセイコの8項目評価は、
①=○、②=○、③=○、④=○、⑤=○、⑥=□、⑦=○、⑧=○
となり、評価は1A級、距離適性は8〜12Fになる。 ちなみに、カツラノハイセイコの血は、ユウセンショウ(1A級)のBMSとして、スピード・スタミナを伝える役割を果たしている。