グラスワンダー
父:Silver Hawk 母:Ameriflora 母の父:Danzig
1995年生/牡/IK評価:1A級
主な勝ち鞍:G1有馬記念・2回、G1宝塚記念、G1朝日杯3歳S
グラスワンダーは、1997年9月の中山芝1800mの新馬戦でデビュー勝ちを果たし、続くアイビーS、京成杯3歳Sと新馬・特別・重賞の3連勝を遂げた。その勢いに乗って、暮れの朝日杯3歳Sに駒を進め、ここでも、圧倒的人気に支持される。レースでは、グラスワンダーが中団を進み、早めに仕掛けたマイネルラヴを直線で難なく交わし、2馬身1/2の差をつけて快勝。時計も1600m1分33秒6のレコードを記録し、この年の3歳チャンピオンの座に着いた。
このグラスワンダーの世代は、近年では「最強の世代」と言われ、他には、凱旋門賞2着のエルコンドルパサーや、ダービー馬スペシャルウィーク、皐月賞・菊花賞の二冠馬セイウンスカイ、あるいは後にスプリントのG1を制したキングヘイロー、マイネルラヴ、アグネスワールド、さらにはマイル王エアジハード、初代JCダート馬になったウイングアローなど、きら星の如く活躍馬が並んでいる。いわば、あらゆる路線にトップホースを輩出した世代といえる。
また、外国産馬の台頭もめざましく、グラスワンダーが勝った朝日杯でも、出走馬15頭中、実に11頭を外国産馬が占め、しかもそれが1~5着を独占した。
当時はまだ外国産馬にクラシック戦への出走権が与えられていなかったために、外国産馬の春の目標はNHKマイルCになり、グラスワンダーも当然、そのナンバーワン候補として有力視された。しかし、好事摩多しの例えのあるように、調教中に骨折し、休養を余儀なくされてしまった。
再起戦は、秋の毎日王冠。ここでも、グラスワンダーは、朝日杯での圧勝が評価され、人気では、同期でNHKマイルCの覇者エルコンドルパサーを抑え、サイレンススズカに次ぐ2番人気に支持された。しかし、結果は、サイレンススズカの5着に敗退。そして、復帰2戦目に選んだ初の長距離(2500m)戦アルゼンチン共和国杯でも、ユーセイトップランの6着に敗退し、3歳時の勢いはまったく影を潜めてしまった。
そして迎えた暮の有馬記念。1番人気は、菊花賞をレコードで制したセイウンスカイ、2番人気がJC2着エアグルーヴ、3番人気は春の天皇賞馬メジロブライトと、実績馬が上位を占め、グラスワンダーは4番人気と、大きく評価を下げていた。それだけ復活の道が険しいと見られていたグラスワンダーだが、レースでは3コーナーからまくり気味に上位に進出し、直線早めに先頭に立つと、メジロブライトの追撃を半馬身差押さえて優勝を勝ち取り、感動の復活劇を演じたのである。
古馬となったグラスワンダーは、京王杯スプリングC1着、安田記念2着の後、宝塚記念ではスペシャルウィークに完勝する。しかし、秋は毎日王冠は制したものの、筋肉痛でJCは使うことができず、目標を有馬年に定めた。ここで、その間に天皇賞・JCを連覇して奥手の血を開花させたスペシャルウィークと、再び対決することになる。前年の有馬記念よりも体調がすぐれず、決して万全の状態ではなかったグラスワンダーだが、的場騎手の冷静なペース判断に導かれ、スペシャルウィーク、テイエムオペラオーに、それぞれハナ、クビの差をつけて激戦を制した。これでグランプリ3連覇、そしてスピードシンボリ、シンボリルドルフに続き、3頭目の有馬記念2連覇の偉業を達成したのである。
《競走成績》
2~5歳時に走り15戦9勝。主な勝ち鞍は、有馬記念(G1・芝2500m)2回、宝塚記念(G1・芝2200m)、朝日杯3歳S(G1・芝1600m)、毎日王冠(G2・芝1800m)、京王杯スプリングC(G2・芝1400m)、京成杯3歳S(G2・芝1400m)など。
《種牡馬成績》
フェリシア(フェアリーS)、シルクネクサス、オースミグラスワン(オースミハルカの半弟)など。
(以下補足・後にG1宝塚記念勝ち馬アーネストリーやG1ジャパンC勝ち馬スクリーンヒーローなどを輩出。)
父Silver Hawkは、米国産で8戦3勝。主な勝ち鞍はクレイヴンS(英G3・8F)とマイル以下。愛ダービー(12F)は2着、英ダービー(12F)は3着で、10F以上の距離への適性も示していた。
その父Robertoは、リアルシャダイやブライアンズタイムの父として日本でも馴染みの血統。母Griss Vitesseは、Nearco系のAmerigo(ハイアリアターフC・芝12Fなど14勝のステイヤー)に、母方凱旋門賞馬Biribiなど、欧州系のスタミナ主体の血統構成馬。Silver Hawkは、米国産といっても、自身はNearcoの5・5×3を呼び水にした欧州系の配合馬で、それが芝で実績を残した一つ根拠となる。
同馬の血統構成を8項目で評価すると以下の通り。
①=○、②=○、③=○、④=△、⑤=□、⑥=○、⑦=□、⑧=□
総合評価=3B級 距離適性=8~10F
母Amerifloraは未出走だが、HyperionとMahmoudの相性のよさを生かし、Northern Dancerを強調。母方からSwaps、Raise a Nativeのスピード、Alibhaiのスタミナという具合に、なかなかしっかりした血統構成の持ち主。
8項目評価は以下のようになる。
①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=○、⑥=△、⑦=○、⑧=○
総合評価=3B級 距離適性=9~11F
ほぼ1Aに近いレベルの内容を確保していた。そして、(グラスワンダーの)全妹Wonder Againが、ガーデンシティBCHというG1レースを制したことで、その配合の優秀性が証明されている。また母系(ファミリー)4代目の系統からは、JCを制したシングスピールや、タイキシャトルの父Devil’s Bag、ファンタスティックライトの父Rahyなどが出ている。そうした父母の間に生れたのがグラスワンダーである。
グラスワンダーの血統では、まず前面でクロスしているのが、Nearcoの4・6・6×5で、Pharos-Phalaris-Polymelusと系列ぐるみを形成。5代以内には他にクロス馬はなく、Nearcoは主導として、明確に全体をリードしていることが解る。このNearcoによって強調されたAmerigoは、前述したようにステイヤーとして実績を残し、そのスタミナ源となっている母方のHurry On、Hyperion、Bachelor’s Doubleをクロスさせている。ここがまず、グラスワンダーのスタミナ・底力を示す血統要素になっている。
その他、6代目でクロスしている血を見ると、Sir GallahadがAjaxとSpearmintで、主導のNearcoと結合し、スピードとスタミナを補給している。Mumtaz BegumがMumtaz Mahal、The Tetrarch、Lady Josephineのクロスを得て、スピードを供給。その他にも、隠し味的スタミナ勢力として、Sardanapale、Clarissimus、Rabelaisが加わっている。米系のスピードも、Man o’Warがクロスになったことで、Alibhai中のRock Sand、その父Sainfoinによって、主導のNearcoと結合を果たし、能力形成に参加している。
以上を8項目で評価すると、以下のようになる。
①=◎、②=○、③=○、④=□、⑤=○、⑥=□、⑦=□、⑧=○
総合評価=1A級 距離適性=8~12F
母内にある2つのNative Dancerの生かしかたに、少し弱い部分は残るものの、Nearco主導の明確性と血の結合、そして上質なスタミナの核とシンプルな構造は、実にみごとである。決して万全とはいえない状態で、スペシャルウィークをハナ差とはいえ押さえた2回目の有馬記念は、騎乗技術以外にも、やはりそうした血統的な要因が大きく影響したといえるだろう。まさに名馬の血統構成である。
種牡馬として、2004年に初産駒を出したグラスワンダーだが、フェリシアなどオープン馬は出したものの、自身の持つイメージを体現したような馬、すなわち芝中距離で華麗な走りを披露するような産駒は、まだ出ていない。その理由について、血統面から考えられることを検証してみたい。
一言でいえば、それは「欧州系主体から米系転換への難しさ」にある。グラスワンダーの血統構成は、前述したように、Nearcoの主導を明確に打ち出し、クロス馬の主体は欧州系の血で占められている。この主導の明確性は、母AmerifloraがNasrullahを含まなかったこと、およびNearcoが4代目からの系列ぐるみで、他系統との結合で鍵を握るSt.Simon、Sainfoin、Spearmint、Ajaxなどが7~8代と、ちょうどよい位置に配されたことによる。ところが、グラスワンダーが種牡馬となって、血の内容が1世代後退すると、影響の強かった父の母Griss Vitesse以外の祖父母Roberto、Danzig、Graceful Touchに含まれるSt.Simonが、10代目以降に後退してしまう。ここが、グラスワンダーの種牡馬としての難しい要因になっている。
グラスワンダーには、Nasrullahを始め、Hail to Reason、Northern Dancer、Raise a Nativeという、現代の流行の血が含まれている。これらは、いずれも、自身の中ではクロスしていない血である。ところが、ランダムに配合すると、現代の血の趨勢からして、これらのいずれか、あるいは場合によってはすべてがクロス馬となる可能性が高い。とすれば、Nasrullah以外は、すべて米系の血を含んでおり、クロスが派生した際には、その中の米系のキーホースを押さえることが、有効性発揮の条件となる。それは、必然的に、グラスワンダーの欧州系主体の形態とは、内容を異にすることになる。
それでいて、Amerigo内のNearcoが、5代目にあって強い影響力を示す確率が高い。つまり、欧州系と米系が並び立ち、グラスワンダー内で血をまとめることが難しくなる。結果として、シンプルな構造が失われることにもなる。ここが、上級レベルに対する一つの壁となり、種牡馬として伸び悩むケースの要因と考えてよいだろう。
このことは、自身の血統構成が、好バランスの完成形に近い内容を持った競走馬が、種牡馬になったときに生じる宿命的な難しさで、ナリタブライアンなどもこれに該当する。これを解決する方策としては、繁殖牝馬内で血をまとめ、できるかぎりグラスワンダー自身で生きていた欧州系のスタミナの血を生かすことが、最善の策といえる。
そうした視点に立った場合、Northern Dancer系ではLyphard、Be My Guestが、欧州系対応に便利な血である。Nijinsky系も、使えることは使えるが、この場合は、日本の硬い馬場への対応で苦戦を強いられる可能性が高くなるので、注意したい。
そこで最後に、現役繁殖牝馬の中から、一つのモデルケースとして、アドマイヤラピスとの架空配合を行ってみたので、分析表を参照していただきたい。
この架空産駒の8項目評価は以下の通り。
①=○、②=□、③=□、④=○、⑤=□、⑥=□、⑦=○、⑧=○
総合評価=3B級 距離適性=9~12F
欧米系の結合に少し弱い部分が残るが、Northern Dancerの3×4の呼び水を有効に、グラスワンダー自身のNearcoの主導の流れを忠実に再現。現役中長距離オープンクラスの形態は確保されるはず。